新年会
新年会
「ネットで私の小説を読んでくださいよ」
そう、云ったのは中野だった。
「ああ、インターネットか。俺にはそんなもの難しくてだめだよ」
相手の船山が七十歳を超えた老人なのに、中野は無謀なことを云ってしまった。かなり酔っていた。
「えっ？中野ちゃん、インターネットやってるの？」
横からそう尋いたのは、今年六十五歳になる川村だった。
「素人小説のサイトにたくさん投稿しているんです」
「小説かよ。凄いね。儲かる？」
と、船山は眼を丸くしている。
「そういうことはありませんよ。趣味で書いてるだけです」
じゃあこれ読める？と川村は云い、紙ナプキンにボールペンで文字を記入した。
「一年の敬は元旦にあり」
それを読んだ中野は、ボールペンを借りて「敬」という字の隣に「計」と記し、
「正しくは尊敬の敬じゃなくて設計の計ですよ」
と云った。
「学がないやつはしょうがないね。よくそれで小説を書いてるなんて云うよ」
川村は明らかに中野を蔑んでいた。彼は中野のような奴に小説を書けるわけがないと、頭から決めつけていることが明白だ。敵意をも見せている彼のそのまなざしに、中野は怯んだ。
「インターネットで確認して明日報告しますよ」
中野としては自らの主張に自信があったが、川村の堂々とした態度の前ではそう云うのが精一杯だった。恐らく川村が間違っているだろうと中野は思うのだが、それを認めさせる力が自分にはない。敗北だった。
これまでも中野は、常に遠慮しながら生きてきた。黒いものを白だと主張し、周囲の人たちにそれを認めさせてしまう力を持っている人物は少なくない。そういう「押しの強さ」が、中野にはまるでないのである。
ずっと昔、或る山の中の分岐に遭遇した際に中野は正しい路を知っていたが、強い性格の男に押し切られて間違った路に入り、数時間を浪費して分岐に戻ったことがあった。
「中野。自分が正しいことを、どうしてもっと強く云わなかったんだ！」
中野は全員からそのようなことを云われて責められたのだった。
それが中野清という男だった。今年も様々なかたちで批判されながら、生きて行くのだと、彼は思った。
「中野さんは奥さんをほかの男に取られたんだってね」
「今年は取り返しなよ。ひとの女房に手をつける奴なんて、ぶん殴ってやればいいんだ」
「中野さんはいつも優しい男だからね。生まれ変わってもそんなことできないと思うよ」
中野の周囲に居る男たちの声を聞きながら、中野の意識は薄れて行ったのだった。
了