「サクラサク」
個別識別名は、オーラ・U・スカックス。オーラは自動命名プログラムに付けられ、スカックスはワタシを作り出したスカックス社のブランド印だ。
そして、『U』はワタシを開発した佐倉博士からいただいた。
スカックス社では自分が手がけたアンドロイドのミドルネームに、アルファベット一文字を授けることになっている。社内では能力の良し悪しでAからFの間でランク付けをするのが慣わしになりつつあったが――
「よし、決めた! 『U』にしよう!」
と、博士は誇らしげに笑顔をワタシに向けたのだった。
「どういった意味ですか?」
「『Unknown』、『未知数』ってことさ! まだまだ機能向上を期待できるぞ、って意味を込めてね!」
ワタシは博士の無垢な笑顔に辟易するばかりだが、その説明に納得できたのでワタシは『U』を承認した。
しかし――お客様の間ではこの『U』は不気味に感じられるらしく、評判が悪い。
かれこれ数十年もワタシには買い手がつかないでいた。
とある日――冬が明けて、まだ少し残る雪が陽光をきらきらと反射している日のこと。
いい加減、『U』の取り下げを願おうと博士の研究室を訪れた。
しかし出会い頭に、「花見がしたい!」と博士に先手を取られてしまった。
今までずっと博士の助手をしてきたワタシだ。突拍子のない発言には慣れっこになっていた。
「まだそんな季節じゃないでしょう。馬鹿な発言もいい加減にしてください」
そうワタシがそう諭すと、
「大丈夫! 僕に着いて来て!」と博士は顔を輝かせた。
もういい年なのに、とワタシは呆れるばかりだ。しかし、いつものことなので、流されるまま博士に着いて行くことにした。
着いた先は博士の私邸だった。その私邸の庭には、一本の巨木が満開の桜を掲げている。
「どうだい、オーラ! すごいだろう!」
「ええ、すごいですね。それにしても、どうしてこの季節に咲いているのでしょうか」
不思議に思って訊ねると、
「ああこれはね、品種改良したんだ。桜が好きだった、サキのために」と博士は応えた。
「サキ? どなたでしょうか? 不倫相手とか?」そんなワタシの冗談に博士は首を振った。
「僕の恋人さ。君のモデルとなった人だよ」そう言って桜を仰ぎ見る。「まぁでも、交通事故に巻き込まれて、亡くなってしまったんだけどね」
「そう、なんですか。すいません、いつものノリでひどいジョークを……」
「いいさ」博士は優しく微笑み、「それで実は、大事な話があってここに呼び出したんだ」とワタシのほうに身体を向けた。
博士にしては珍しい神妙な面持ちに、軽口は控えてワタシも黙って向き合った。
博士は、コホンと咳払いを一つ、そして大きく深呼吸を数回した後、
「僕の家族になってください!」
そう言って、博士はその顔を真っ赤にして、ワタシに頭をさげた。
「………………はっ?」
突然のその告白にワタシは言葉を失う。
照れ隠しだろうか、博士は顔をあげると、そそくさと背を向けて言った。
「君を、買い取りたいと思ってる」背中を向けたまま続ける。「だからこれから、サキ、と呼んでもいいだろうか」
「ああ、なるほど」と納得がいった。
アンドロイドは買い取られるとき、主人から名前を新たに貰うことができるのだ。ワタシにサキさんの姿を重ねて見ているだろう博士が、ワタシをそう呼びたいのはわからないでもない。しかし、そのことに少し寂しさを覚える。
ワタシは、「ダメです」と応えた。「それはサキさんに失礼ですよ。どれほど似ていてもワタシは決してサキさんではないのだから」
それを聞いて博士は眼に見えて肩を落とす。「そ、そうだよね……」
「だから」その背に向かってワタシは言う。「サキ、ではない新たな名前をつけてください。言わばワタシは、サキさんと博士との娘のようなものなのだから」
博士は、振り向いて、「うん……うん、そうだね!」とぱぁっと明るく笑った。「そう、君は僕の娘だ!」
目を輝かせながらはしゃぐその姿は、相変わらず子供のようで呆れてしまう。
博士はしばらく逡巡した後、何かに気づいたかのように、はっと顔をあげて、
「そうだ、サクにしよう! なんたって『U』だもの!」
そう言って博士はワタシの頭に手を置いた。
「はい?」どこに『U』が? と不思議に思って問い返そうと思ったが、博士がぐしゃぐしゃと頭をかき回すものだからそれどころではなかった。
「今日から君は佐倉サクだ!」
その意味がわかったのは、数時間後のこと。スカックス社に送る「名前変更の手続き」という書類を作っていたときだ。
書類に固体識別名と変更後の名前を並べて書いたとき――それに気づいた。
「AURA・U・SKAKS」――これを並び替えると、「SAKURA SAKU」となるのだ。
確かに『U』でなければ、こうはならなかっただろう。しかしこれは――
「博士――いや、お父さん。これ、ただのこじつけじゃないですか?」