3秒の誘惑
福岡、中洲のラインビルといえば、クラブ街のステータス。
その一つの4階にある、リトルハニ―が俺の行きつけの店。
8人掛けのカウンターにボックス席が2つ。
42歳のママ・茜が切り盛りしている、こじんまりとした店には、33歳の彩、31歳の美樹、28歳の純の3人の女の子がいる。
ボトルが入っていれば、一人7,000円。
不景気で、経費節減が叫ばれる、昨今、単身赴任の営業マンである俺には、貴重な存在だ。
その日、11時頃、俺はいつもの様に東京からの客を連れ、その店のドアを開けた。
店には、客が3組。
最近の中洲では、かなり流行っていると言って良いだろう。
いつものカウンターが埋まっていたので、ボックス席へ。
俺の担当の彩は、他の客についている。
彩とは、店外デートする関係で、他の子も、それを黙認している。
美樹がテーブルに着く。
半年前に入った美樹。
5歳になる娘を育てるシングルマザーだが、小柄な童顔故、5つ6つ若く見える。
我々は飲み、歌い、笑った。
今日の客は、去年まで東京にいた俺の、20年来の取引先。
最近、特につまらなくなった銀座を嘆き、中洲の気軽さを楽しんでいる。
彩は、他のテーブルの常連の席から離れられない。
ふと気づく。
美樹の飲むペースが早い。
頬がピンク色に染まっているのが、間接照明の中からも判る。
会話の途中、美樹が俺の顔を見つめる瞬間を感じる。
?
0時半。
他の客はまだ引き上げる気配がなく、彩はまだ来ない。
俺の客が欠伸を噛み殺し始めた。
そろそろ潮時だ。
俺達が席を立つ。
彩が見送りに来ようとすると同時に、俺の客がトイレに。
彩はおしぼりを持って待機。
俺と美樹は一足先に店を出て、エレベーターを呼ぶ。
「‐‐‐‐来て‐‐‐」
開のボタンを押さえながら、美樹が俺を呼ぶ。
エレベーターに入った、その瞬間、美樹の唇が俺の口を塞ぐ。
不意を突かれた。
店のドアが開く音、客と彩の声が聞こえる。
唇を離した美樹が、俺の耳元で囁いた。
「彩ちゃんには内緒!でも私の気持ち‐‐‐。」
彩が客を連れて入って来る。
「ありがとうございました。」
いつも通りの美樹に戻ってる。
4人を乗せたエレベーターが動き出す。
何事もなかった様な美樹。
何も気づかない、彩と客。
わずか3秒の誘惑。
1ヶ月後、美樹はリトルハニーを辞め、新しい店・コパトーンに移った。
そして、俺もリトルハニーから、美樹のコパトーンの常連に変わっていた----。