危機一髪!
俺が、不思議な村に行った話をしよう。
たぶん、三〇〇年くらい前だったかなぁ。
その時俺はイタリアに住んでてね、家は美しい海岸のすぐ近くだったんだ。
それで、その砂浜でときどき女の人が歌いにきている……そんな噂があった。
更に聞けば、ちょっと見かけないほどの美人……らしい。
けど海岸近くの町の男が何人か、その女性に誘われるがままについていって、それきり梨の礫……とも聞いた。
俺は……まあちょっとその美人に興味があってね、海岸に行ってみたんだ。
そしたら噂通り、綺麗な女の人が歌ってたよ。どんなって? どうもここのお国言葉じゃなかったよ。
色んな国の言葉を混ぜたみたいな……そんな不思議な言語の歌だった。言葉なのかは分からない。けど、ついふらふらと吸い寄せられそうな綺麗な声と響きだった。
俺が歌を聴いていることに気づくと、彼女はふと歌うのを止めて、俺の方を見てにっこりと笑った。そして、手招きをしてきた。
俺は突然なんだか抗えない衝動に駆られて、女の人の後をついていった。
着いたのは、ぜんぜん来たことも見たことのない村だった。黙って彼女の後について歩いてるとね、町の人達がなんだか俺のことをジーッと見ていた気がした。しかも、それがみんな女の人なんだ。
女の人が俺を見ているっていうことじゃない……町に女の人しかいないんだ。さすがに変な町だなあって、きな臭いと思えてきたよ。でも不思議と逃げる気にはなれなかった。
彼女はまず、俺をとある大きな屋敷に連れて行った。
門をくぐると、玄関には年嵩だけど彼女に負けずとも劣らず美しい女性が立っていた。
「ご苦労様」
どうやら海岸の女の人の主人らしい女性は彼女を労うと、俺の方を向いた。
「お初にお目にかかりますわ、素敵な紳士様。さて……最初に言っておきますわね。そろそろお気づきでしょうけど、ここは普通の村じゃありませんの。そして、あなたはもうここから出られません。逃げられもしません」
「どうしてですか?」
「ここは人魚の村ですわ。わたくしもあなたを連れてきたあの子も、みんな人魚なんですのよ」
「人魚……」
「ええ。不老不死の女しかいない集落ですの。……残念ですけど、あなたにはわたくし達のお祭りの供物になって頂きます。わたくし達は月に一度、ある祭りを行いますの。その時に人間の男の肉を食べるのです。悪く思わないで下さいましね、見知らぬ女の色香に惑わされた方も責任がありますから。まあ、どうせ短い人生なんですもの、男らしく覚悟を決めて下さいな」
そう言われ、俺は困ってしまったよ。……だって俺は人間じゃないし。
どうしたらいいか分からなかったから、とりあえず事情をリーダー格の女性に伝えた。
そしたら、彼女はぽかんとした後、かなり悔しそうな顔をして言った。
「まあ口惜しい……人間ではなかったんですの。久方ぶりの美味しそうな殿方だと思いましたのに。……ならば仕方ありませんわね、もうお帰り下さい。ただし、この村やわたくし達のことを誰にも話してはいけませんよ。まあ誰に話したって信じてくれないと思いますけど」
女はため息をついて、手を叩いた。
すると屋敷からに何人かの女の人が出てきて、あっという間に俺を取り囲んだ。
そして俺はその人達に押されたり引っ張られたりしながら来た道を戻り、気が付いたら……海岸に戻っていた。
それからもう一度、その村に行こうとしたんだよ。なんとなくね。
……けど、行けなかった。
着かないっていうかね、あったはずの道がなかったんだ。
それでも、あの海岸ではまだ男がたびたび消えているらしいんだ。
俺が行くと絶対にいないけど、歌っている声はたまに聞こえてきたんだ。
おしまい!