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有島木綿子
有島木綿子
novelistID. 25527
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夜明けのイルミナシオン【1998年】

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 朝焼けの海が眩しい。

 朱色の水面は洋服の生地を広げたように見える。丸まった生地がくるくると広がっていくようだ。それを横目に見ながら、時折切るように吹く北風から身を守るように、俺は足早に防波堤の上を歩く。夏の間に誰かが捨てた空き缶が、可哀想なくらいに錆びてテトラポットの間で泣いている。けれどそれを拾う気にはなれなくて、無視して足を進めた。
マフラーに顔を埋める。歌穂子さんが東京土産で買ってきたバーバリーの茶色いマフラー。高校生には贅沢すぎると母は文句を言ったが、歌穂子さんはただ笑っていた。ひっそりと。歌穂子さんは微笑んでも悲しそうに見える。朝露に濡れすぎたカミツレのような人だった。

 黙々と歩き続け、防波堤の先の灯台へたどり着く。灯台は先月、海上保安庁が塗装工事を行ったばかりで、今までくすんで所々錆びていた灯台が眩しい白亜に装いを変えた。ふと、半年前に仙台へ嫁いでいった姉の白無垢姿を思い出した。神前で挙式をあげた十歳年上の姉。思えば、彼女が嫁いで行かなければ母は今まで通りの母で、歌穂子さんも今まで通りのただの歌穂子さんだったのではないか。だが、今になってはそれも手遅れ、意味のない事だ。

 マフラーを首から解く。急に暖を失ってひんやりとしたが、詰め襟で守られていたので幾分かマシだった。解くと急に北風が強くなったので、風の流れに合わせて手を離した。マフラーはしなやかに、踊るように風に乗って飛んでいった。波止場に止まった小舟を超え、オレンジの浮き球の手前で海に落ちた。泣くつもりは無かったのに、両目から涙が静かに流れた。誰のために泣いているのか分からない。母が死んでつらいのか、片想いをしていた年上の女(ひと)が死んで悲しいのか、それとも一人残された自分が可哀想だからか。


1998年12月 僕の母とその恋人、功刀歌穂子(クヌギカホコ)は入水自殺をし、僕は歌穂子さんから貰ったマフラーを海に捨てた。