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鳥になった

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x『鳥になった』

いつの間にか、僕は鳥になっていた。鳥になる前は人間だった。それだけは覚えている。望んだ結果だろうが、よく覚えていない。全ての過去の記憶がぼんやりとしているのだ。

随分と長く大空を飛んでいる。疲れた。
飛びながら、時折、地上を眺める。
どこだろう、北アフリカ、モロッコあたりか。街が見えてきた。街は半ば廃墟化している。街を離れると、乾いた大地が果てしなく広がっている。

街の上を旋回しながら眺める。かつて自分が人間であることを思い出しました。懐かしさに胸が締め付けられた。
 大きな塔の上に止まった。
 流れる風を感じた。風は強くなく、砂を含んでいない。心地よく通り抜ける。
 
 ふと、眼下に目を下ろすと、一人の若い女がいる。懐かしいを覚えた。遠い記憶をたどる。思い出した。かつて恋人であったアキだ。水を汲んでいた。彼女の後ろには盲目の少女がぴったりと寄り添っていた。

 目を閉じた。人間であった昔のことを思い出した。
――.子供の頃鳥になりたいと思っていた。古いしきたりや四方が山に囲まれた村が嫌でいつも遠くに行くことを夢見ていた。そして、十七になったとき故郷を捨て、都会に住んだ。安っぽいアパートで安っぽい女と同棲した。女が妊娠したと知ったとき、彼女と国を捨てた。束縛されたくなかったのである。そして、旅に出て、いつしか、この町に住んだ。同じように移り住んだ娘アキと知り合い恋に落ちた。アキは街の中央にある高層ビルの一階に住んでいた。
 ある日、アキにプレゼントを渡すことにした。靴のプレゼントだ。彼女は高層ビルの最上階で待っていた。
 ビルに入った。エレベータで乗った。
 エレベータが止まった。
 廊下を歩き、ある部屋の前で止まり、ドアを空ける。
そこは実に大きな部屋だ。大きな窓もある。窓が開け放されているのであろう。涼やかな風が入ってくる。
 パーティは始まっていた。パーティの輪に加わる。
 窓辺に立つ。青い空の下に広がる色鮮やかな街並みが一望できた。
 誰かがギャンブルの話をしている。その話に加わった。
 その中の一人が、『儲けたら、金貨1枚をやる』と言って、その場から消えた。大方ギャンブルをしにいったのであろう。
 パーティが盛り上がり、あちこちで歓声が起こる。
 音楽が聞こえてきた。それも遠くの方から。段々と近づいてくる。
広い部屋が静まりかえった。
 みんなが不思議になって窓の外を見る。音が外の方からしているからだ。
 空に不思議な模様が現れる。そして、その模様の間に光が走る。
 音楽を鳴らしながら、その模様はこちらに近づいてくる。
 はっきりと識別できるようになった。巨大な船のような飛行船だ。
『これは、数日前に新聞に載っていたアメリカの秘密兵器、無人の飛行船のことではないか。記事にはこう書かれていた。『飛行船は制御不可能となった。つい最近、アフリカのある町に飛来し、大きな被害を及ぼした。もっともその話をアメリカの国防省は否定している』と。
 ざわめきが一斉に起こった。会話をするどことではない。
飛行船から、風船のような物体が飛び出してきた。風船のような物体は窓から部屋に入り込む。一つだけではなく幾つもが。あたかも意思があるかのように何かを探してかの動きをする。
みんな凍ったように動かない。
 風船のような物体が目の前に近づく。何か手のようなものが付いている。そこからカメラのような目とレーザー光がと飛び出す仕掛けがついていた。
 どうやって動くのかよく分からない。怖くて捕まえられない。
 レーザー光が走った。頭上にいる物体がレーザー光を放ったのだ。焦げた匂いがする。何人かが倒れた。
 みんな一斉に部屋を飛び出す。僕はアキの手を引き、部屋から出た。逃げた先は病院の中の病室。老婆が立っていた。その病室からも、大きな宇宙船が見えた。どうやら、宇宙船はビルをぐるぐる回って風船のような物体を放っているらしい。
 窓から物体が入ってきた。
 アキに「ベッドの下に隠れろ!」と言って、自分も身を隠す。
 物体が近づいているのに老婆は動じない。レーザーが放される。老婆は倒れる。物体は何かを探している。何を探しているのか分かった。人間を探しているのだ。物体は形状で人間かどうかを判断している。じっと息を潜め隠れている。
 物体がいなくなったかと思ったとき、ベッドの下から這い出る。
「ここのビルから出よう」と言ってアキの手を引っ張り廊下に飛び出す。
 エレベータを目指して走る。
 エレベータの乗り場に着いた。すぐにボタンを押す。
 しばらくしてエレベータがきた。
 ドアが開く。
 エレベータの中には古い知人のカサハラさんもいる。パーティのときにギャンブルの話をしていた男もいる。
 何かを話しかける。
「一枚、やったよ」と言う。
 何のことか分からない。
「アキの手をみろ」と言う。
 手を見る。金貨が一枚入っている。
 エレベータが止まった。男が降りようとする。
「どこへいく?」と聞くと、「現金に替える」と答える。
 エレベータが閉まる。
 エレベータが動く。再びエレベータが止まる。
 降りる。
「荷物をまとめてここを出る」とアキに言う。
 大きな部屋に入る。
 みんなで窓辺によって、外を見ている。
 何が見えるのか、興味がわいて、ついみんなの視線を追う。
 近くの高層ビルも飛行船に襲われている。そのビルから逃げ出してきたのか、ビルのような巨大なトラックが細い道を走っている。その揺れがこのビルに伝わってくる。
 このまま逃げよう。遠くへ。そう思ってアキの手を引く。
「このビルを出る」というと、「靴を忘れた」という。
 仕方なしに靴を取りに行くことにした。
 忘れた場所はビルの一階。なぜ一階なのか? 不思議に思いながらも、アキと二人で取りに行くことにした。
 ビルの一階は停電している。
 そこにいる者に聞くと、ずっと前に飛行船に襲われてみんな逃げ出した。もう無法地帯化している危険な状態だという。それでも取りに行くことにした。
 暗いが見えないことはない。
 アキが忘れた場所に近づいた。
 一人の少年が近づく。チェーンを振り回しながら近づく。まだ子供だ。怖くも何ともない。
「金を寄越せ」と静かに言う。
「ここは任せろ。早く靴を探してこい!」とアキに言うと、彼女は離れた。
 少年はチェーンを投げる。
 何のためらいもなくこっちを狙ってくる。ふと見ると、かわいい少女がいる。どうやら少年の妹のようだ。少女を捕まえた。
 少年は「卑怯だ!」と泣き喚いて向かってきた。その手にはナイフがあったー。とっさに少女を楯にした。ナイフが少女の目を刺した。泣く少女を少年が茫然と見つけていた。そうだ、その時、鳥になったのだ。人間であることを捨てた瞬間に。
 窮地を脱するためとはいえ、少女を犠牲にしたことで人間であることを捨ててしまったのだ。だか、人間という重さを失ったとき、何物にも束縛されないに自由を得たのだ。

作品名:鳥になった 作家名:楡井英夫