白百合喰らい
私は白い息を吐いた。進まない原稿を前にして
頭を捻るよりはと散歩に出てからはや数時間。
見慣れた町並みに作品のネタとなりそうなもの
は何もなく、収獲はといえば露店の商人に売り
つけられた白百合の花束ぐらいのものだ。しか
しどうしたことか。残念なことに、私には妻は
おろか、花束を渡す程恋い慕う女性が存在しな
いのである。どうしたものかと手に握ったそれ
を眺めて途方に暮れていると、まるで陶磁のよ
うに白く美しい肌が視界の端に映った。
「そちらの殿方、ええ、貴方ですよ。其の美し
い花束を私に下さらないかしら。」
昔から他人の願いを断ることの出来ない性分だ
った私は、其の美しい女性の許へふらふらと引
き寄せられ、白百合の花束を捧げ持った。自分
の意思など関係ない、彼女に此れを捧げなけれ
ばならないと無意識の内に刷り込まれていたか
のように。
「有難う。」
紅色の唇だけがやけに印象に残った。開かれた
口から覗く舌もまた、血のような朱。むしゃり
むしゃりと咥内に吸い込まれる白百合の花弁を
眺めていると眩暈がした。これは現か幻か。