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雨の音、そして詩人八木重吉

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『雨の音、そして詩人八木重吉』

 十八歳の夏、交通事故で病院に入っていたときのことだ。
夜、ふと目覚めると、雨が降っていることに気づいた。耳を澄ますと、雨の雫がゆっくりと落ちて、何かに当っている音がした。微睡みの中で聞こえてくる雫の音は不思議な感じがした。まるで夢の中のできごとのように思えて不思議だった。だが、聞いているうちに、段々と妙な苛立ちを覚えた。それは雨の落下とともに自分の時間が落ちて消えて行くように思えてきたからである。
 暫く経って、『窓を開けて 雨を見ていると 何にも要らないから こうして穏やかな気持ちでいたいと思う』という詩を思い出した。同時に、その詩を書いた詩人八木重吉のことも思った。この詩を書いたとき、彼はどんな心境だったか。穏やかな心境であったのか。

 八木重吉は明治三十一年に生まれた。二十九歳の若さで、肺結核のため死んだ。平成の世からみれば、明治は遠い昔のような気がするが、日本の歴史とからみれば、ほんの少し前の時代のことであるが、当時は今と違って、肺結核は確実に死に至る病であった。病に冒されたときから、ある程度、死を意識したであろうか。それとも、病が進むにつれ、死を意識に受け入れていったのであろうか。

 八木重吉のことをあれこれと思っていたら、苛立ちを少しずつ薄らいでいった。雨の音も何か軽やかな音楽のように思えてきた。いつしか、雨の雫の落下を静かに眺めている自分を夢想していた。
一滴の雫がやがて大河になり海に帰る。そこからまた新たな物語は始まる。陽に照らされ水蒸気となり、それが集まって雲となる。雲は駿馬ように天を疾駆する。白い駿馬の群れはやがて雨を降らす……そこまでにどれだけの時を経るのだろうか、と考えたりしているうちに再び安らかな眠りに落ちた。
 それからというもの雨の音聞くと、八木重吉のことを思うようになった。八木重吉の詩には、他にもこんなのがある。
『あの音のように そっと 世のために 働いていよう』
『雨が上がるように 静かに死んでいこう』

 八木重吉はクリスチャンだった。
 キリストの教えが彼の詩作にどのような影響を与えたかは分からない。しかし、マタイ福音書にある『重荷を負うている、全ての人よ、来なさい、私のもとに。休ませてあげる』という言葉に慰められたであろう。そして『幸いなるかな 泣く人、彼らは慰められるべきなり』と心の中で何度も呟いたのではなかったか。