Twinkle Tremble Tinseltown 4
仕上げに上から牛乳を流し込む。奔流が二層式になっていたフレークの均衡を僅かに崩したが、その程度の乱れを惜しむ暇はない。浮かび上がってきた乾燥苺と麦の固まりを沈めるようスプーンでかき混ぜれば、後は混沌。乱暴な攪拌に、ボウルから牛乳が一滴飛び出して、テーブルの上で広がった。
シリアルはふやける前に食べるというのが彼女の信条だった。スプーンは幅広。彼女の口は平均値に比べそれほど大きいとはいえないが、容易に適応して山盛りのフレークを飲み込んでいく。身を屈めた拍子に垂れ下がった前髪が、危うく牛乳へ浸りそうになる。汚れたところでどうせ今からシャワーを浴びるので問題ないが、それでもフロリーは律儀に何度も指の先で掻き上げ続けた。時間など手に負えないほどあるのに、忙しいスペイン語に急かされる。否、途中から声は途切れた。引き継いで流れ出したのはセンチメンタルな前奏。
フランク・シナトラの歌声が、狭いキッチンに朗々と響き渡る。世界一のクルーナーは、ノイズなどでその価値を落としたりしない。季節はずれの「セプテンバー・ソング」。耳の中へ届くに任せながら、フロリーは無心にスプーンと顎を動かし続けた。奥歯にひびが入りそうなほど強く噛み締ればじわりと染み出す牛乳と、プラスとマイナスが組み合わさって丁度良くなった糖分が混ざる。自らの咀嚼音が音楽を阻害し続け、はっきりと歌詞が聞こえない。September,November.今年も後一ヶ月と少し。誕生日までは半年。パパ・ナイジェルに相談を。どれだけ頑張っても、40を越えたら身体の線も崩れてくるし、大体そんな年まで無様な思いをしたくない。あと7年と半年以内に手に職を付けなければ。先輩のコールガールは“父親”の手を借りて看護師になり、ウェイトレスをしながら大学に通う健気な恋人と仲良く暮らしている。7年と半年。勝負をかけるならあと数年の内。
嫌なことを思い出してしまった。オートミールはいい加減べたつき始め歯に挟まりそうだ。ボウルが意外と深く、たくさん入ることを知っていたにも関わらず、フロリーは容量の三分の二まで注ぐという暴挙をしでかしてしまった。胃が動き出した途端湧いてきた食欲は、食べるという行為自体を拒んでいるわけではない。それが問題だった。毎晩あれだけ踊っているのに、年を経るにつれカロリーオーバーの状態が続く。舞台女優を夢見ていた頃は、練習が引けた夜の10時にレストランへ繰り出し、2時ごろにしめとしてシュリンプカクテルをたらふく腹に収めても太りはしなかった。あのまま同じペースで食べ続けていたらどうなっていたことか。それでも少したるみ気味の横腹が恐ろしい。ダイエットなどできた例がないので、どこか意味のある日常生活の中で消費しなければならない。ボウルを掲げ、掬うのが面倒になった粒たちごと飲み下してしまう。牛乳も良くないらしい。脂質が高い。豆乳に代えれば良いと以前クリスタが助言してくれた。だがどれだけ頑張っても、フロリーはあの独特の臭気に耐えることができなかった。他の案はいくらでもある。思いながら、彼女は今まで一度もそれらを試したことがなかった。
シナトラが幕の向こうへ引き取り、再びスペイン語がやかましく戻ってくる。
立ち上がり、スイッチを切った。ぷつんと途切れた余韻が耳へ残っている間に蛇口を捻る。水は冷たく、冬の訪れが秒刻みになったことを知らせていた。再び蛇口を捻る。洗った食器を棚に戻す。
奥歯にこびり付いたオートミールの感触を、思ったより酸っぱかった苺の味が残る舌で撫でる。いくら強く擦ったところで、どちらも剥がれてはくれなかった。もどかしい。
ここにはいない男達に会いたいと思った。どちらでもいい。身体中に栄養が行き渡ったはずなのに、まだ食べることができそうな気がした。フレンチトーストを食べながら砂糖の少なさに文句を言ったり、食の細さを笑いながら煽るようにテイクアウトの中華料理を掻き込んだり。
けれどもう、これ以上食べてはいけない。昼食までは。それまでの時間をどうやって過ごすかが今日最大の課題。とりあえずシャツを脱ぐ。ショーツを下ろす。
服を手にしたまま、じっと考える。だがどれだけ知恵を絞ったところで、何も思い浮かばないのは明白だった。考えてするようなことではないのだ。
とりあえず汗臭い身体と髪を洗おうと、フロリーは股の付け根を掻きながらバスルームに向かった。
作品名:Twinkle Tremble Tinseltown 4 作家名:セールス・マン