尻尾の長いネズミの話
ネズミは太くて長い尻尾を持っていました
太くて長いといってもほかのネズミよりも比べて少し長いだけの尻尾で
何もネズミが気にするほどのものではありません
しかしネズミはずっと自分の尻尾が嫌いでした
「ああ、もう少し短くてしゅっと細い尻尾だったらなぁ」
そう言ってネズミは自分のしっぽをがじがじと噛んでいました
一日に何度もそう思うので、ネズミの尻尾はぼろぼろの傷だらけになり
周りのネズミたちの尻尾よりももっと汚く見えました
「あら、あの子の尻尾傷だらけだわ」
「せっかく太くて長い立派な尻尾なのにもったいないわ」
「すごく痛そう……可哀そうね」
周りのネズミたちは太く長い尻尾を持ったネズミを見ると影でひそひそ話をしました
しかしそれは決してネズミが太くて長いしっぽを持っているからなどではなく
ネズミの尻尾があまりにぼろぼろで可哀そうで心配になったからです
しかしネズミは周りのネズミが自分を見てひそひそ話をするたびに
「自分の太くて長い尻尾を笑っているんだ」と思ってますます尻尾を強く噛みしめました
そんなネズミも一度は自分の尻尾がもうぼろぼろなことに気がついて噛むのを止めようとしました
しかし一度ついた"癖"というものはなかなか治らないものです
いつの間にかネズミは暇さえあれば尻尾を噛むようになりました
ネズミの尻尾はますますぼろぼろになりました
そしてネズミは今日も尻尾を齧ります
そんなある日、ネズミの前を一人の意地悪な人間が通りました
その人間は尻尾を噛むネズミをおもしろそうに眺めるとにたりと笑みを浮かべ
次の瞬間ネズミが噛んでいた尻尾を摘みあげ、ネズミを宙吊りにしました
ネズミは急に襲った浮遊感と突然現れた人間にびっくりして逃げようとしましたが
尻尾がしっかりと掴まれているためただ宙でもがくばかりです
人間はあたふたとするネズミを見て一層楽しげに笑うと
ポケットから大きなはさみを出しました
"お前は尻尾がいらないから齧るんだろう?だったらそれ、切ってもいいよな?"
次の瞬間、ぶつんという大きな音とともにネズミのお尻に激しい痛みが走り
ネズミはそのまま地面へ叩きつけられました
身動きが出来ないほどの激痛の中でネズミは薄眼を開いて人間を見上げます
人間の手には大きなはさみと今まで自分のお尻についていた尻尾……
そう、あの何度も嫌だと思っていた太くて長い尻尾です
「待って、それぼくの尻尾……」
そんなネズミのつぶやきを人間が知る訳がありません
人間はしばらく痛みに悶えるネズミの姿を見ていましたが
それに飽きたのか手に持った尻尾を草むらに投げ捨てるとさっさとどこかへ消えてしまいました
一匹残されたネズミの頭の中は痛みと後悔でいっぱいでした
なぜ自分は人間と出くわしたのだろう
なぜ自分は今日この場に来たのだろう
なぜ自分は尻尾などを噛んでいたのだろう
尻尾ばかり噛んでいても何も変わりはしなかったのに
ネズミは一匹なのをいいことに大声でわんわん泣きました
しばらく泣いているとすぐ近くの草がさわさわと揺れました
もしかしたら野良猫でも来たのかもしれません
もしそうならネズミなど一口で食べられてしまうでしょう
しかし今のネズミは自分がどうなってもかまいませんでした
そしてその中から現れたのは自分よりも一回り小さな白いネズミでした
「あなたどうして泣いているの?」
白いネズミは聞きました
ネズミはそれにこたえられずにまだ泣き続けています
白いネズミは首をかしげるとネズミのお尻を見てそこにあるはずの尻尾がないことに気がつきました
「あら大変!あなたお尻怪我してるじゃないの!」
そういうと尻尾の生えていた所を舐めはじめました
しかしネズミは痛かったから泣いていた訳ではありません(それでも痛かったのですが)
「ぼくの事は放っておいてよ……尻尾のないぼくのことなんか放っておいて!!」
「そんなことできないわ!それに尻尾がないからなんだというの?」
「尻尾のないネズミなんてネズミじゃないじゃないか!!」
それを聞くと白いネズミは話すのを止めました
どうせ自分から離れていくんだろうとネズミは思っていました
しかし白いネズミは自分から離れていくどころか
自分の顔のすぐそばまで今度はネズミの目からあふれる涙を舐めはじめました
びっくりしたネズミの瞳からはだんだん涙は止まっていきました
「そんなわけないじゃない。あなたは立派なネズミよ。尻尾があるとかないとか関係ないわ。どうして気がつかないの?」
じっと白いネズミはネズミの瞳を見つめました
ネズミはもう一度白いネズミに問いかけました
「尻尾がなくてもぼくはネズミだというの?」
「当たり前よ。だって私たち生まれたときから一匹のネズミじゃない。尻尾があるとかないとか関係なしにね。あなたは尻尾がないからって自分が他の何かになれると思うの?」
「確かに、そう考えたらそうだね」
ネズミは急に可笑しくなって笑いました
白いネズミもつられてくすくす笑います
しばらく笑った後に白いネズミは言いました
「そうは言ってもあなたが尻尾をなくして怪我をしてるのは変わりないわ。家に来て。手当をしてあげるわ」
そう言われて改めて自分が怪我しているのに気がつきました
しかもお尻という少し恥ずかしいところに
その上目の前の白いネズミはそこを舐めて手当していたではないですか!
ネズミは急に恥ずかしくなりました
「どうしたの?早くいきましょう?」
ネズミは小さくうなずくと白いネズミの横に並びました
「………ありがとう」
「どういたしまして。あのね……私ね、前からあなたの事知ってたの」
「どうして?」
「ほら、あなたいつも怪我してたじゃない?だからなんだか気になって…」
ネズミはなんだか一層恥ずかしくなって歩きながらうつむきました
もしかしたらこの出会いはあの邪魔だった尻尾のおかげだったのかもしれません
作品名:尻尾の長いネズミの話 作家名:兎々