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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『総斎志異 第四話』

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『総斎志異 第四話』

この世には、時として人知で説明の付かぬ不思議な事が起きるもので御座います。

古今東西、鏡に纏(まつ)わる話は数多く御座いますが、中には四六時中

鏡ばかり覗いていた女が、遂には鏡の中に吸い込まれ、二度と出て来れなくなった、

なんて話も御座います。

明治の世に代わって間もなくの事で御座います。

天子様の住まわれる皇城(こうじょう)の近く、竹橋の一角で骨董品を商う五平と言う

男が居りました。

いつもの様に風呂敷を解き、仕入れて来た品々を床に並べていますと、

女房が遣って来て、

「おや、なかなか洒落た造りの鏡じゃないか」

と、手に取って鏡の中を覗いた途端、

「きゃあ」

と、叫んで鏡を放り出し、卒倒して仕舞いました。

「如何(どう)した?」

と、亭主は聞きますが、女房は気を失った侭です。

亭主は、訳が解らず、ただオロオロするばかりでした。

暫くして、女房が気を取り戻しまして、

「おまいさん、この鏡を何処で手に入れたんだい?」

「鏡、ああ、拾ったのさ」

「拾った? こんな気持ちの悪い物、捨てて下さいな」

「捨てる?」

「捨てて仕舞いなさいよ。どうせ拾ったものなら、元は只でしょ」

「そりゃそうだが、なかなか良い品物だと思ってね」

「これは、いけません。これだけは」

「そうかい。なんだか、訳が解らないが。そんなにおまえが言うなら捨てましょ」

そう言って、取りあえず店先の縁台に置きました。

自分が通りを眺めながら、いつも煙草を一服する場所で御座います。

そこへ、呉服屋の若旦那がしゃなしゃなした歩き方をして遣って来ますと、

その鏡を見て、

「おや、今日は洒落た掘り出し物が、あたしを呼んでますね」

と、店先に近付いて来ました。

この若旦那、通ぶるのが癖で、今も鏡を取り上げながら、

「これは、なんですな。お大名の奥方様が使って居られた唐(から)物でげすな」

と言って、覗きましたが、

「きゃあ」

と叫んで、若旦那も鏡を放り出し、泡を吹いてしまいました。

「一体、二人共どうしたんだい?」

亭主が、そう言って鏡を覗いた途端、

「ぎゃあー」

亭主も仰け反(のけぞ)って、泡を吹いてしまいました。

地べたに放り出された鏡の中には、ニタニタ笑う女の顔が映っていたので御座います。

                               

                              完