私と彼と
しばらく歩いていると崖へとでた。どうやらここが最北端らしい。お決まりの看板らしきものがないのはやはりここが立ち入り禁止であるからだろう。
「ここが…」
「最北端だね」
背後からの声に驚いて振り向く。声の主は私と同じくらいだろうか(私は男の人の年齢を下に見がちだが)、ダッフルコートを着た青年が微笑んでいた。
「あ…あの……」
逃げたほうがいいのだろうか。おそらく私を連れ戻そうと追いかけてきたのだろう。少しずつ後ずさる。
「あぶない!」
「え?」
青年が叫んだ瞬間、私の世界がぐるりと回る。伸ばしたの手の先に少年の手が伸びてくる
あぁ、私はやぱりだれかに助けを求めるんだな。そんなことを思いながら青年に掴まれ引き寄せられる。ぼふっと音を立てて青年の胸元へとおさまる。久しぶりの男の人のにおいに少しドキドキする。女とは違う少し汗のまじったにおい。
「えっと…だいじょうぶ?」
「あ…ごめんなさい!」
私はなにをしているんだ。助けてくれた男の人のにおいをかいで興奮していたらただの痴女じゃないか。はずかしくてうつむきながらも、ちらりと男の人のほうを見ると、こちらも顔を赤らめてうつむいていた。どうやら、彼も恥ずかしかったらしい。どちらも黙ったまま時が過ぎる。どうしよう。逃げるべきだろうか。しかし、もうここに来た目的(特にないが)は果たしたし、彼に連れられて戻ってもいいかもしれない。怒られるかもしれないが。
どうしようか迷っていると彼が口を開いた。
「警戒なさっているかもしれませんが、僕はあなたを連れ戻しに来たわけではありませんよ?」
「え?そうなの?」
「ええ、僕もあなたと同じで立ち入り禁止のところを勝手に入ってきたんです」
「そう……」
安心するが、この間をどうしたらいいのか考える。正直すごくきまずい。
「あの…」
「実は僕、余命1ヶ月なんです」
話の言葉をさえぎって発せられた彼の言葉はあまりにも衝撃的なものだった。
「それは…その…」
何を言ったらいいのか分からず言いよどむ。
「ごめんなさい。急にこんな話をして」
彼は海のほうを見ながら、でも笑顔を絶やさずに続ける。
「最後に自分の住んでいる国を端から端まで見てみたかったんです。ここが最後です」
どうしてかれは笑顔でそんな話ができるのだろう。自分が死ぬことをわかっているのに。
彼はくるりとこちらを向いて続けた。
「でも、僕はじつはまだあきらめていないんです」
「え?」
「余命1カ月て医者が勝手に決めていることでしょう?僕はひとりでここまで来れた。体も苦しくない。まるで死ぬ気はしません」
あははと笑いながら彼は笑顔で話す。私はどうだろう。彼の話を聞いてどういう反応をしたら正しいのだろうか。
「ごめんね。勝手にべらべらしゃべって」
「いえ…」
何も気がきいたことがいえない自分が情けない。異性関係がうまくかなかったのはやはりこの口べたが原因か。
「なんだが難しい顔をしていますよ?」
「ごめんなさい。なんて言ったらいいかわからなくて」
正直に思ったことを話す。恥ずかしい。
「思ったことを話せばいいです。僕たちは初対面。ここで別れたらもう会うことはない。そう思ったら何でも話せる気がしませんか?」
「そうかな…私はそういうのは苦手だな」
「だったら…」
(続かないかも)