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充溢 第一部 第二十話

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第20話・9/9


 広場をあれこれとさまよい歩く。これでは、田舎から出てきたばかりのようじゃないか。
「スィーナーさま~」
 何とも抜けた――無邪気な声はシーリアのものだ。ロザリンドの姿も見える。

 シーリアの声は、フェルディナンドとは別の意味で通りのよい声だったので、これも幾らか注目を集める。
 あまり大きな声で喋って欲しくないものだ。

 何があったのかを訊ねると、シーリアを遮り、ロザリンドが的確な回答をしてくれた。ミランダが誘拐されたという。ポーシャ達からはぐれてどれほども経たないというのに、どういうことか。
「人を拐かすのに、じっくりそうする人はいませんからね」
 事務的というと怒られそうだが、感情的な抑揚のない、耳には心地いい声である。
 この人達は、こうして見守っていてくれる。安心できる以上に、身の毛がよだつ。
「呆れましたわ。そちらの方を気にされるなんて」
 片眉を上げる姿が、どことなくポーシャと重なる。
 本当に心配はしていなかった。ポーシャもネリッサも大丈夫なのだから、何事もなく解決してくれる予感があった。だって、こんな事態にも二人のメイドをこちらに回す余裕があるのだから。
「そう仰られると、我々も立つ瀬がないですね」
 ロザリンドが困った顔をする。シーリア以外のことで、こんな顔をするのは初めて見た。
「スィーナー様も言うようになったねー」
 シーリアが早速口を切る。彼女の声の高さと質は緊張感とは無縁だ。
 この子には救われるなぁ……と感じながらも、果たして、このメイドが私と比べて幾つ歳が離れているか考えてみた。
 主人がそうである以上、このメイドたちも不老不死なのかと……

「シーリア、あまり冗談の言える状況ではありませんよ。
 ポーシャ様だって、首を刎ねられれば、きっと生きてはいられないのですから」
 相変わらずの聞きやすい早口だ。彼女は、それこそポーシャよりも魔女っぽいので、心を読まれたのではないかと戦慄した。
 大体、主人の死について語るなんて、従者の身分では考えられない事だ。加えて、それを一番言いそうにないロザリンドが言うのだから、なお驚く。
「悪かったわよ」
 シーリアは反抗的に謝る。
 このやりとりから考えた。自分たちが不老不死なら、こんな事を言うだろうか? "きっと"と付けるだろうか?
 ポーシャの不老不死さえ、今生きている人の証言が全てだ。そこを疑わないにしても、"禁制の薬"は前々からはっきりと信じてはいない。どうやって問いただそうか――普通に聞いてもいい加減にしか答えないだろうな。
「あ~、ロザリンドが脅かすから、スィーナー様が怖い顔してるじゃないですかぁ!」
 表情を覗われたか、小動物は、場を和ませようと努力する。相変わらず考え事をすると、誤解されるなぁ。
「シーリアさん、有難うございます。
 でも、そういうのじゃないですから」
 ロザリンドは黙ったままだった。
 二人について、ポーシャの屋敷に到着するまで、シーリアの機嫌も良くないままだった。
作品名:充溢 第一部 第二十話 作家名: