小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

『総斎志異 第一話』

INDEX|1ページ/1ページ|

 
『総斎志異 第一話』


此の世では時として人知では説明の付かぬ事が起こるもので御座いますが、

これも、矢張り不可思議としか言い様のない、誠に以って奇異な話で

御座います。

何はともあれ、先ずは爺めの話をお聞き下され。

時は明治四年、所は東京府南豊島郡千駄ヶ谷村西信濃町の森川出羽守様の

中屋敷跡で御座います。今で申せば、差し詰め外苑東通りに面した慶応義塾

大学病院並びの東京電力病院、文学座辺り一帯に当たりましょうか。

大名屋敷と申しましても、元はの話で御座いまして、今は扉の壊れた門と

崩れかけた土塀を残すのみにて、建屋の類は一切なく延び放題の雑草に覆われた

土地の中程に、崩れかけた築山と枯れた泉水が僅かに庭の名残を留めるのみの、

荒れた空き地で御座います。

夏も終わらんとする或る夕暮れ、表を通り掛った巡回中の一人の羅卒が、何気なく

壊れた土塀の中に目を遣りますと、無人の屋敷の空き地の一角にボーっと青白い明

かりが点って居りまする。

何だ! 乞食が火でも焚いているのか?

と、土塀の崩れた処を跨いで中に入らんとした、その時

当の明かりがフッと消えて仕舞いました。

おや! 消えてしまったか

とは思いつつも、兎も角明かりの見えた辺りへ膝ほどまで伸びた雑草の中を

歩んで参りました。

薄闇に目を凝らして見回せど、特に変わった様子もなく、

妙だな、

と振り向いた直ぐ目の前、三尺程の近くに若い女が笑って立って居りまする。

恰も、これから花火見物にでも出掛けるかの如き、浴衣姿も艶めかしい年の頃

十七、八、かなりの器量よしで御座います。

驚いた羅卒は、

さては、狐か狸か、はたまた妖怪の類かとばかり、

矢庭に持っていた六尺棒で薙ぎ払わんとしましたが、その前に女はいとも身軽に

スイっと遠退いて仕舞いました。

しかも、相変わらず笑って居りまする。

少し乱れた裾に覗く脛(すね)の白さが何とも艶かしい。

最近まで腰に差していた大小の代わりに六尺棒を与えられ、武士の誇りすら

失いかけている羅卒は、怪しげな若い女に揶揄われているかと思うと、

無性に情けない気分になるので御座いました。

大体、六尺棒なる道具が刀より重く、自由自在に振り回すには難があったので

御座います。

羅卒は、女の身軽さに呆れ、追うのは諦めまして、

「貴様、何者だ?」

と尋問したので御座います。

「そなたの妻になる者じゃ」

返答を聞いて、羅卒は再び六尺棒を握り締めました。

(人を小馬鹿にしおって。俺はれっきとした女房持ちじゃわい)

「そなた、今の妻の事を思うて居るじゃろうが、あやつは

そなたの出世の妨げになるだけの者ぞ。日頃の様子で解って

居ろうが」

(なぬ!貴様に何故解る?)

女の言う通り、羅卒の女房殿は、上げ万ならぬ下げ万で御座った。

上役の誘いで帰りが遅くなろうものなら、長屋中聞こえる様な

大声で喚き散らし、誘った上役の耳にモロに聞こえて仕舞う始末。

最近は誘いの声も掛からず、敬遠されてる様子。到底出世する

機会など遣って来る気配は御座いません。

「どうじゃ。図星だろうが」

「さっさと、離縁するのじゃ。いつでも此処で待って居る」

そう言うと、女の姿がフッと消えたので御座います。


                続