充溢 第一部 第十三話
第13話・4/6
表に出てくると、異国の傭兵隊のような赤と白のストライプの服を着た男に出逢った。
「何があったのでしょう?」
「一昨日、燃えたよ」
マクシミリアンがぶっきらぼうに答えた。
全員が出そろうと、男は背筋を正す。
「これは失礼。
わたくし、旅芸人のラッテンファンガーと申します。その昔、こちらで大変お世話になった者でして……」
慇懃無礼を地で行きそうな大袈裟な身振りと挨拶。なるほど、道化師だ。
ポーシャも淀みなく丁寧に挨拶と紹介をした。ただし、一人称を"私"としていた。
これは彼女が何かを感じ取っている証拠である。そして、彼女がただの少女ではない事を隠そうとしないのは、敵意の表れのようにも見えた。
「なるほど」
男は音を区切って、舐めるように言葉を吐き、そして挨拶を交わして別れる。
丘を向こうに下った村に行くつもりらしい。
異様な光景に立ちすくむ三人に、ポーシャは帰りを呼びかけ、歩き出す。
「日は高い。ゆっくり帰ろう」
ポーシャと並んで歩く。馬を引いたネリッサとマクシミリアンが後に続く。
景色の明るさが馴染み、気持ちと歩みは安定していた。
「どう感じる?」
風景に同調するように穏やかな質問だった。
「変な名前ですね」
妙な男だというのは分かるが、自分の洞察力では、それ以上の事を言えなかった。
ネズミ捕り男である。芸名にしても気味が悪い。ポーシャはそれ以上の何かを感じているようだった。
「今に調べさせるよ」
不敵な笑みを漏らす。今頃誰かが動いているのだろう。騎士団を隠し持っているぐらいなのだから。
言葉が途切れたまま十数歩、歩みを進める。
「スィーナー、お前はネリッサと一緒に葬儀に出てやれ」
意外ではないが、微妙な提案だった。
ポーシャこそ行くべきなのに、行きたいくせに。
「儂には儂なりの弔いの仕方がある。第一、葬儀に魔女が来ては拙いだろ?」
こんな寂しい言葉。人が反論できないところに追い込むのが上手い。たじろぐ気持ちを見せるのもなんだか悪い、迷う様子を悟られてなるものかと即座に答える。
「そうやって茶化して……分かりましたよ。ポーシャの分までお祈りしておきます」
ポーシャは、『悪いな』と歯切れ悪く言葉にすると、また口をつぐんでしまった。
蹄の音が遠い。振り返ると、後の二人が談笑している。幸せそうだ。本当にあれで好きになる事はなさそうなのだろうか?
「さっき、ネリッサが素敵な人と結ばれる云々って言ったじゃないですか?」
「あの男はどうだろうな……ヴィジョンがない。
――まさか、お前はあの二人が不謹慎に見えるとでも言うのか?」
素朴な顔で問いかけるくせに、俗っぽさを試す質問だ。
「滅相もない」
道は緩やかに下る。牧歌的な世界はまだ続いている、
「我々は魔女だな」
残念ではない。むしろ嬉しい。これは、初めてこの道を下るときと同じ嬉しさだ。
人が不幸だから、自分や他の人も幸福であってはならないと考えるのは、人と自分の幸福を比較する行為だ。哀れみの言葉を掛けようとも、比較する事は常に自らの優位性の確認だ。
「人間からは嫌われるぞ」
「何を今更……」
作品名:充溢 第一部 第十三話 作家名: