充溢 第一部 第十三話
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二人は同時に目覚め、よろめきながら食卓へ向かう。お茶を入れながら落ち着こうとするが、起こってしまった事は、優雅な目覚めを許してくれなさそうだ。
「儂はまたしても、思い出を守ろうとするがあまり思い出を壊してしまった。
何を恐れる必要があったんだ。あんな茶番のために――だらしない」
麾下の騎士が駆けつけた時には、鐘楼は火の手に包まれていた。救出は適わず後に焼死体が見つかったという。
「熱かったろうに」
意外だと感じた。ポーシャのような人間は、人の生き死にを何度も直面するため、それに対する感覚も鈍感にならざるを得ないと信じていたからだ。
しかし、それはお伽噺だ。ありがちな悲劇的結末は、想像の産物でしかない。目の前にいる彼女は明らかに戦っている。
時の流れと苦闘する少女は、昨日の事を回想してくれた。
鐘楼に着いてすぐ、ポーシャは不穏な臭いを感じ、また後に確認したらしい。
当初、狙いは自分達だろうと考えた。自分かアントーニオか。或いは、スィーナーか。兎に角、老夫婦が巻き添えになることだけは避けようと考えた。
しかし、ぐずぐずしていると言うのに、誰も仕掛けてこない――殺すか誘拐するつもりなら、鐘楼よりも丘を登る途上の方が好都合なはず。立体的な遮蔽は攻勢に不利だからだ。
となると、相手は我々を誰か知らないから、手出しを差し控えていると見たほうが良い。しかし、だからと言ってこのままでは、こちらの戦力は知れるだろうし、そうなれば夜襲を掛けられるに違いない。誰か一人が馬で駆け出せば、その動きを助長させるだろう。
我々を知らず、この鐘楼を監視していたならば、その目的は二つのうちどれかだ。何かの物品を狙っているか、老人そのものを狙っているのか。
狙いが鐘楼であれば、我々がいない方がむしろ安全だろう。老人二人の抵抗力など高が知れる。堂々と正面から乗り込み、欲しい物を得て帰ればいいのだ。抵抗の危険を感じなければ、よほどの事はしないだろう。
一方、老人が狙いだとしたら――夫婦を連れ出すべきだっただろうか? この大所帯で狙われて助かるだろうか?
もはや、なるべく早く助けを呼ぶしか選択肢はなかった。与えられた条件の中で、できる限り多くの人間を助けるには、我々だけで逃げ出すしか出来なかった。
勿論、ここまでの事は何の確証もない。ただ、間違えるにしても安全側に転ぶべきなのだ。
「さっさと打ち明けてさえいれば、全員助かっていたかも知れぬ。
あの二人には、私の記憶をそのままにして欲しかった。
危険があるというのに、自分の都合でそれを過小評価したのだ。そんな詰まらぬ事の為に」
くぐもる声で後悔の念を吐いていく。
「詰まらない事ではないですよ――人の記憶は大切です。それがあるから存在していたことが分かるのですから」
「ありがとう」
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