笑顔の争乱 [Fantastic Fantasia]
麗らかな月曜の午前中、コウは不機嫌だった。営業しているという概念の無いこの店に定休日は存在しない。
コウは今中庭から入って来た所で店の中にはレンと史間がいる。レンはいつものテーブルの席に腰かけて本を読み史間はその横で紅茶を淹れる用意をしていた。
それ自体は何ら問題ない。日常風景だ。
史間はコウに気付くとコウの分のカップも増やして温める。
それにも問題はない。丁重で優しい史間の事だ。
問題はずっと二人がそうしていることだ。一日中ずっと一緒にいて何をするにも一緒で。勿論離れて別々の事をしていることもあるのだが気が付くと一緒にいる。朝方史間の部屋に行くと部屋を出るレンに出会うことがままある。ノックしてレンが出て来ることもある。初めの頃は一週間に一辺とかだったのが最近は3回の内2回はレンに会う。コウだって毎日行っている訳ではないのでそれが偶々多く遇っているだけなのかどうかは分からないのだが。
コウはむすっとした表情のまま二人に近付いた。
「シア、」
そんなコウを史間は不思議そうに見る。
「夜部屋にレン連れ込むの止めて」
「人聞きの悪い」
そう応えたのはレンで。
人聞きも何もここには自分たちしかいない、と尚更コウの機嫌が悪くなる。
「そうですよ。別に疾しいことはしていません」
史間も応える。それは知っている。二人して本を読んだり夜通し語り合ったりしているらしい。
「コウも来る?」
レンはそんなことを訊いてくる。そういう問題ではない。コウの機嫌が悪いのはレンと史間が一緒にいることに対してなのだから。
「俺は龍と一緒にいる方が良い」
「そう。お前の龍、綺麗だもんな。夜に良く映える」
そう言ってレンが微笑む。それは差し込む光の中でとても穏やかで綺麗で。
史間の緑の龍に対してコウの青い龍。史間の龍の色はコウの髪の笹色に似たのだという。なら史間の髪は黒いのになぜ明るい青になったのだとコウは偶に龍の鱗を撫ぜながら思っていた。
「シアとレンが仲が良いのは認めるよ。寧ろ喜ばしいことだと思ってるよ。でもね、いくらなんでも一緒に良すぎじゃない?」
俺がシアの守護神なのに。コウは言外に非難の色を込める。なんで守護神より新しく来た同居人と過ごすことの方が多いの?
「コウなら僕に何かあるなら分かるし駆けつけてくれるでしょう?」
勿論だ。すぐに駆けつけて解決する自信もある。
史間の揺るがない信頼はこそばゆく守護神冥利に尽きるものであった。が、しかし。
「そりゃそうだけどさ……」
レンと史間は一緒にいる。それは恋人同士とかそういうものではなく幼子とその保護者の様な関係なのだ。レンが見た目通りの子どもで無いのは分かるが史間の方が年上の筈だ。それでも史間はレンを頼りレンは史間をぐずぐずに甘やかす。そんなことしなくても二人とも生きていける筈なのに。
コウには不可解だった。二人の間に愛があるとすればそれは自分との間にもあるものだ。
コウは本を読んで静かに暮らすだけで満足している史間とは違い、本来は騒ぐのが好きである。普段は史間と共にいるので静かに暮らしているが身体を動かすのもお祭りもイベントも好きで、レンを歓迎したのにはレンがその様なものを好む性質であるのを見越してのこともあった。それなのにレンときたら本を読むばかりで静かに暮らして、その上コウの史間と一緒の時間すら犯してくる。
レンが好き。
史間が好き。
でも許せない。
コウはやるせなくなって口を閉じる。史間がティーカップを差し出して来たので受け取った。甘い花の様な薫りが溢れ出して来て一口飲むと心の緊張が解き解された気がした。
光の中で微笑みあいながら言葉を交わす史間とレンは美しく、映画のワンシーンの様だ。
これはこれで見ているだけでも良いかもしれないとコウは思い直し、早く乳離れしてしまえと心の中で史間を罵った。そしてそんなことを考えられる自分に少し優越感を感じる。
史間が好き。
レンが好き。
早く俺を見てよ。
作品名:笑顔の争乱 [Fantastic Fantasia] 作家名:幻夜