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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『偽りの南十字星』 35 [完」

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『偽りの南十字星』 (完)

1990年
羽田空港を飛び立ったXX便は一定の高度に達すると機首を台北に
向け自動操縦に切り替わった。

シートベルトを外して背もたれを後ろに倒した陳英明はふと臨席の客を
見やった。
80歳代の老紳士が、背広の内ポケットから何かを引っ張り出して
眺め始めた。
そのうちに眠り始めたのか、持っていたものがハラリと床に落ちた。

陳はそれを拾い上げた。
一枚の古い写真だった。
セピア色にすっかり変色している。
どこか東南アジアの奥地の少数民族らしい独特の衣装を纏った若い女性が
赤ん坊を抱えて笑顔で立っている。

その老紳士も気付いたと見え、
「やあ、済みません」
と言って受け取り、又眺め始めた。
「何か思い出のお写真の様ですね」
「はい、女房と長男です」
そう言って、写真を内ポケットにしまうと、
「生きているのか、どうか未だに分からないのです」
「もう、60年も捜しているのですがね」
老紳士は話し続ける。

昔の事ですが、台湾の霧社と言う土地で悲しい事件がありましてね。
大勢の日本人、それを上回る現地の人々が亡くなったのです。
この写真は私の妻と長男ですが、其の事件の最中に行方不明になりました。
妻は当時17歳、子供は生まれて数ヶ月でした。

今思い返しても、あれは、日台両国にとって忘れられない悲惨な事件でした。
元はと言えば総督府、これは日本の出先機関ですが、ここの台湾統治の仕方
に問題があったのですが、或る日、突然現地の一部の人達が、反乱を起こしまして、
日本人巡査を殺害したのを皮切りに、運動会中の小学校に刃物を持って雪崩れ込み、
手当たり次第に日本人を殺害し、首を切り落として自分達の村へ持ち帰ったのです。
私は、当時巡査でしたので、家族を残しては死ねないと、身を隠したのです。
其の後、台湾駐在の日本軍が掃討作戦を開始して、大勢の現地住民を殺害したのです。
騒ぎが収まるのを待って、私が自宅へ戻った時には、何処を捜しても二人は見当らず、
巻き込まれて死んだのか、或いはどこかへ逃げて呉れたのか、判らずじまいになりました。
それ以来、後添えも貰わず、探索を続けました。
その内、戦争が始まり、私も日本へ帰国、そして敗戦を迎えました。
戦後再び、台湾での探索を始め、頻繁に訪台する内に台湾産のパイナップル缶詰を
日本向けに扱う事になり、それで会社を興したのです。
その会社も10年程前に色々あったため、大きな損失が出まして結局他社に吸収合併
されました。


現在の霧社は地名も変わっていますが、それでも通りの看板の中には霧社の文字が残っています。
懐かしいです。
当時日本軍の犠牲になった人達は英雄として祀られ立派な銅像や、忠魂碑も建っています。
霧社には知人も多く、訪問する度に大事にして呉れます。

私も年なので、今回が最後かと思います。

話が終わって、陳は動悸が激しくなっていた。

(この老紳士こそ、トウドウエイゴその人ではなかろうか)
興信所の記録では、結婚当時22、3歳だとあったので、現在82,3歳という事になる。
見たところ、年恰好も同じ位である。

捨てられたものだとばかり思っていたが、聞けば捜し続けていたと言う。
陳は藤和の名が結局消えてしまったと聞き、しかも自分の転覆計画が引き金だったと、知って
トンでもない事をしてしまったと内心後悔するのだった。

飛行機は台北に到着した。
陳は席を立ちながら、老紳士に言った。

「私は仕事でちょくちょく日本へ参ります。今度是非又お話を伺いたいので、お宅の電話番号を
教えて貰えないでしょうか。厚かましいとは思いますが」

老紳士は、笑顔で頷いた。


                                    完