桜 - ②
「御津原くん、部活は?入ってないの?」
五月の半ばも過ぎたころだろうか。いつものように二人で帰途についていると、一樹が唐突に尋ねた。
「ああ、入るつもりもねえし。つか、お前だって入ってないだろ、毎日毎日くっついてきやがって……」
「家が隣同士なんだからしょうがない。」
いけしゃあしゃあと言い放つ一樹に、何がしょうがないんだ……と佑都は小さくため息をつく。家が隣でも、こうも毎日一緒に帰るやつがあるか、と何度言っても帰り際には佑都の隣に一樹がいる。
傍から見れば奇妙な取り合わせであっただろうが、一樹は一向に気にしない様子で佑都の後をついてまわり、佑都は佑都で文句を言いつつもこの習慣を受け入れ始めていた。
「これが可愛い女の子だったらよかったんだけどな。」
「僕も可愛いってよく言われるよ。」
「お前は男だろうが。可愛けりゃいいってもんじゃねえっつの。」
「あ、可愛いことは認めるんだ。」
確かに一樹は中性的でかわいらしい容姿をしている。中学生のころは私服で町を歩いているとよく男にナンパされたのだ、と自慢にならない自慢を佑都は以前一樹に聞いていた。さすがに身長が170cmを超えた今はあまりないらしいが、顔だけを見ると今でも男か女かよくわからない。
「って、そういう話をしてるんじゃ……」
「それより僕ね、部活立ち上げたいと思ってるんだ。御津原くん、入ってくれるよね?」
「さっきの話聞いてなかったのか?俺は部活に入るつもりはないっつってんだろ。」
「この学校って、アニ研とか漫研とかはあるのにミステリ研とか文芸部とかないんだよね。」
「お前、とことん俺の話聞く気ないだろ。」
佑都は自分の左側を歩く一樹の右耳をぐいぐいとひっぱった。一樹は話しだすと止まらない性質らしく、一人で暴走することがよくある。最初こそ戸惑った佑都であったが、最近は扱いも慣れたものだ。
「あいたたたた、聞いてる聞いてる。でも、実はもう部活設立届け出しちゃった。僕が部長で、御津原くんが副部長。部員二名の読書部。」
「ちょっと待て。誰が副部長だって?」
「御津原佑都くん!」
「御津原佑都くん!じゃない!俺は承諾した覚えないぞ!」
「えー、でも部活は二人いないと設立できないし……」
「知るか!いつ出したんだ、設立届け?」
「放課後、御津原くんが掃除当番で掃除してる間に……」
はぁー、と人生で一・二を争うほど大きなため息を吐きながら佑都は頭を抱えた。幾度となく一樹の暴走は目の当たりにしてきたがこれほどの規模の暴走は初めてだった。しかも自分のあずかり知らぬところで自分が巻きこまれた暴走。さすがの佑都も腹立たしいやら呆れるやら……
「学校戻るぞ。すぐ撤回する。」
一樹を耳で引きずりながら学校まで戻り、設立届けを回収し、お手間おかけしましたと先生に挨拶するまでの間、何度も一樹の反抗に遭いながらも佑都は成し遂げた。結局、読書部は設立一日めにして廃部となった。