『偽りの南十字星』 26
陳英明は藤和の様子を見守っている。
タイ産パイン缶詰の出現で、苦境に陥っていることは間違いない筈である。
秘書同士が友達であるのを利用して、藤和事務所の様子が或る程度つかめる。
藤和の秘書は日本語は解からぬが、宗像所長の電話での会話の中に
ネシア・パインの言葉が最近急に増えて、雰囲気から重大事が起きている
のは間違いない様子だと言う。
陳は、これまでの人生を、若し、「トウドウエイゴ」が生きていたら、妻と子供を
捨てて逃げた罪を必ず償わせてやるという復讐の決意で、過ごして来た。
偶然のことから、その男の会社と接触が出来、今や最終段階に追い詰めている。
もう少しで、「トウドウエイゴ」が永年掛けて築き上げた牙城を跡形もなく粉砕出来る。
陳はいずれ折を見て、「トウドウエイゴ」の前に名乗り出るつもりで居る。
犯行声明なしでは、気持ちが治まらないのである。
死んだ母共々、思いっきり鬱憤を晴らしたい。
16歳で結婚し、自分を生んで間もなく夫が行方不明になり、再婚はしたものの、
三十手前で死んで行った母が、どんな気持だったか。
心の底では行方不明の侭の夫をさぞかし愛していた筈だ。
愛する夫の生死も分からぬ侭、息を引き取って行った、あの綺麗だった
母の死に顔を思い出す度に、陳はいつも涙が止まらなくなるのだった。
続
作品名:『偽りの南十字星』 26 作家名:南 総太郎