それぞれのクリスマス・イヴ
電車内・男
坐っている座席から伝わってくる暖房と単調な走行音に、いつしか私はバリヤーが不完全になっていたのだろう。強い悲しみと悔しさ、そしてなげやりとも思える感情に侵入され、電車内に目をやった。クリスマス・イヴの夕方といっても日が短くなっている今はまっ暗である。待つ人のいる所へ帰る人、待ち合わせの場所へ向かう人、そして誰もいない部屋に帰る人。
どうして、こんな能力を授かってしまったのだろうと、今さらのように私は自分の精神感応能力を呪った。この能力はごくたまには素晴らしいものを見せてくれ、あるいは仕事にも生かせるのだが、今感じているこの情念は辛いと思った。
斜め前に坐っている初老の男、膝に置いた小さなケーキの箱が入った袋が一見幸せの象徴にも思えるのだが。私はそうっと男の脳に侵入し、時間列のバラバラになっている想念を組立て直した。
二人の娘がいる男は自分の孫にクリスマスプレゼントを買って会いに行こうと思っていた。しかし、お金が無い。最初から無い訳ではないのだが、会社の定年退職後に夢中になってしまった競馬やパチンコによって、自分の年金から半分ということになっている小遣いも1週間も過ぎると無くなってしまう。
お昼を食べてから孫にプレゼントを買うからと、妻に懇願し、やっと手に入れたお金でパチンコをし、あらかた無くしてしまったのだった。
ああ、どうして……と男は悔やんでいる。しかし、男はそれよりも娘に愛想をつかされたことが悲しかった。それも今度が初めてではない。競馬をでお金が無くなり娘のところに借りに行った時も、さんざん非難のことばを浴びせられたのだ。
「もう、これあげるから、これっきりにしてよ」
と、娘は涙を流して1万円を出したあの日のことを思い出した。そして今しょんぼりと娘のアパートの前まで来てしまった。
作品名:それぞれのクリスマス・イヴ 作家名:伊達梁川