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ドビュッシーの恋人 no.7

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エピローグ



あの日から、二年が経った。

ミランは休日になると相変わらず美術館に通い、セーヌ川沿いで絵を描いている。カフェ『エスメラルダ』のウエイターは半年前に辞めた。カミーユのアシスタントの仕事が本格的に忙しくなったからだ。おかげで最近は、ミランの絵が出版物に載ることも増えてきた。
ミランは毎日ドビュッシーのピアノ曲を聴いている。
『月の光』、二つのアラベスク、『亜麻色の髪の乙女』、『喜びの島』……あらゆる名曲を聴きながら絵を描くと、とても穏やかな気持ちになれるのだ。

クリスティーヌのことを、いつも考えていた。
二年経っても、彼女を好きな気持ちは一つも変わっていない。むしろ待つ時間が長ければ長いほど、ミランはこの恋に夢中になってしまう。愛しさは募っていく一方だった。

ウィーンから二年ぶりに帰国するクリスティーヌと再会の約束をしたのは、エッフェル塔の足元にあるトロカデロのメリーゴーランドで、だった。
その日、ミランは仕事を早めに片付けてアトリエを出る準備をしていた。いつになく落ち着きのない様子の弟子を見て、カミーユは「この街には色んな恋が落ちているのに、おまえはもったいないよ」と、楽しそうに言う。

「本当に二年間、彼女を待ってるとはな」
「彼女以外考えられないなんて、どうせ馬鹿だと思ってるんだろう?」
「俺は褒めてるんだよ。会えない女を待ち続けるなんて、なかなか出来ないさ」

確かに何かが吹っ切れたような、妙な清々しさがミランにはあった。この二年は決して短いものではなかったけれど、自分の心は常に一人の女性に注がれて、枯れることなどなかった。

アトリエを後にしたミランは、待ち合わせの時間まで夜のパリを散歩することにした。エッフェル塔へ続くセーヌ川沿いを、ゆっくりと歩く。川面にくっきりと映し出される月の光。両岸には歴史的建造物やモニュメント、アレクサンドル三世橋が美しくライトアップされている。きらきらと輝くオレンジの灯。その光と影の幻想的な景色が、パリを世界一ロマンティックな場所に変えてくれる。
恋をするにはぴったりの都だ。
この街でクリスティーヌに出逢ったミランは、心苦しいまでに恋に狂ってしまった。
どんなときだって、クリスティーヌのことばかり考えていた二年間だったと思う。ドビュッシーを聴くときも、絵を描くときも、食事をするときでさえも。
パリが、彼をそうさせるのだ。こんなにも切なさと甘美な喜びで満ちあふれているから、ミランは魔法にかかったように恋に乱れた。

エッフェル塔の真下に辿り着き、メリーゴーランドの前のベンチに座る。
約束の九時まで、あと三〇分。時間を持て余すミランは、通り過ぎる恋人たちを眺めたりしてぼんやりと考えた。
一体、何から彼女に伝えようか?
伝えたいことは山ほどある。この二年間の出来事も、積もらせてきた想いも。
あれを言おう、これも言おう。様々な言葉が止めどなく湧き上がった。そんなふうに、ミランが俯きながら迷いを巡らせていると。
突然、彼の視界で小さな足が目の前に立ち止まった。
ミランは驚いて、そっと顔を見上げる。