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認定猶予 -Moratoriums-

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「自己紹介がまだだったな。俺の名前は――確かこの辺に名刺が――ああ、あった」
 がさごそと机上の書類の山を崩しながら小さな紙切れを見つけ出す。透明の敷板に挟んでいた、少し色の褪せた紙片。それを彼女の目の前に差し出す。
 紙の上にはタイプライターのフォントで事務所の名前と住所、連絡先。中央に他より幾分か大きな字で並べられた四文字。
 『白城史朗』。
 それこそが彼の名前らしかった。

 古い名刺で悪いな、と顎をなぞる仕草をする。悠花はその小さな名刺を、落とさないように両手で丁寧につまんで支えた。
「ちょっと読み辛い名前なんだ。言っておくがシロシロシロウじゃないぞ」
 読めるか?と問われたような気がして、じっと彼の名前を見詰める。それから、一呼吸の後に能動的に唇を動かした。
「シロキフミアキ」
「おう。勘がいいな」
 ほう、と感心の息を洩らす。しかし悠花の表情は翳ったままで、それでも先刻よりは、真っ直ぐに白城の顔を見られているようだった。
 少女は、悠花はこの場所にいることを選択した。それが彼女の強い意思ではなくとも、要望でなくとも、それでも迷子のような彼女にとっては、この出逢いは救いのように感じられた。
 今は右も左も分からなくても、いつか自分で道を選ぶ瞬間がくるかもしれない。その時はその時で構わない。白城が先に述べた様に、此処はそういう場所なのだ。彼らはもう自由に選ぶことが出来る。本当に居たい場所も、本当に持っていたいものも、全て自分で決めることが出来るのだ。
 未来よりはいくらか片付いた状態の応接セットの、テーブルとソファを占拠していた資料の隙間を縫って悠花が座れる場所を作った。促されるままに少女は腰を下ろし、灰皿に潰された紫煙とカップから立ち上る湯気を眺めた。二つの違いは今の彼女には区別がつかなかった。
「さて、本題だ。落ち着いてゆっくり聞いてくれ。ハルはどうして自分がこんな場所に居るのか、分かるか」

 今思えば、彼女のことを愛称で呼んだことさえ彼の優しさだったのかもしれない。呼びやすさも含めて、これから少しの間でも時間を共有する相手への距離の詰め方だ。
 或いは、先人としての。上司としての。
 いつか、呼吸よりも簡単に、別々の道を歩む瞬間がやってくる、それを頭の隅に置きながら。

 それが記憶の中の、彼らの初めての出会い。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと