『偽りの南十字星』 18
『偽りの南十字星』 18
藤和産業東京本社の輸出缶詰部には毎朝ニューヨーク支店から長いテレックスが入る。
その日も、早朝出社の若い部員が、いつもどおり内容に目を通し、商品別に分けて
それぞれの担当者の机上に配って歩いた。
出社したパイ缶担当者がそれを読んで愕然とした。
「本日取引先でパイ缶の見本を見せられた。
表示を見ると、「MADE IN THAILAND」となっていた。
タイのメーカーが直接売り込みに来た由。
価格は当方に比べ、2割近く安い。
取引先は大変興味を示している。
試食したが、我々の製品と全く変わらない。
貴方はタイがパイ缶の生産を始めていた事を知らなかったのか。
兎に角、至急ネシア・パイン社に伝え、価格面での対応を検討願いたい。
好返待つ」
その担当者は2割の数字を見た瞬間、「絶対不可能」の文字が頭に浮んだ。
最近のネシア・パイン社からの報告によると、未だ採算規模に達していない農園
を拡張するため、土地の確保に努力しているが、虎の出没するような土地を借りて
しまったり、賃借の交渉も値上がりするばかりで、なかなか思う様に手当てが進まない。
一方、資金面では自社農園からの供給が始るまでの2年間の高値の原料手当て
による採算悪化、土地の開墾費用、賃借料が嵩み、月々の支払い金利も多額に
上っている。生産面では、原料不足による稼働日数の低下に加え、機械の古さに因る
故障が目立ち、生産量が全く伸びていない。
価格面では、メダンとシンガポール間の輸送費と積み替え費用分が余分に掛かり、他社に
比べて競争力が低いことは、最初から分かっていた。
加えて、タイ産はメーカーが直接輸出する故、藤和のような輸出業者の口銭分安くなる。
こうした状況下で、おいそれとニューヨーク店の2割近い値下げ要求に応じられようか。
兎も角、そのテレックスをその侭ネシア・パイン社とシンガポール支社に転送した。
当時のテレックスは、まずテープに打ち込み、それから送信機に掛けるという手間を要した。
続
作品名:『偽りの南十字星』 18 作家名:南 総太郎