『偽りの南十字星』 16
1980年
村田はインドネシア・パイナップル社のシンガポール支社長も兼務している立場上、
時折、現地出張も必要になる。
今回は新たに開発された農園を訪れた。
メダン事務所の若い現地社員が案内してくれた。
シアンターの郊外とは異なり、辺鄙な山奥の山林を開墾したもの故、悪路をジープ
で入って行かねばならない。
恰(あたか)も時化(しけ)の海に揺られる小船の如く、体は上下左右に飛び跳ね、
農園に着いた時には、尻が腫れ上がらんばかりになり、ひどく痛かった。
雨上がりなどは、ぬかるみにタイヤが空滑べりして難儀するそうだ。
これでは、必要資材や収穫物の運搬も大変だろうと想像する。
ネシアでも、広い土地を捜すとなると、これほど不便な場所になってしまうものかと、
首をひねる村田だった。
広い!
初めて自社農園を眺めた村田は、その面積の広さに驚いた。
聞けば、300ヘクタールだと言う。
これでも、予定の3分の1弱だとの事。
何故、そんなに必要なのか。
農作物は収穫までに一定期間を必要とするのは当たり前だが、パイナップルの
場合は、一般の穀類や野菜等とは異なり、品種にもよるがスムースカイエン種でも
2年余りの時間を要する。
もっと長く掛かる品種すらある。
一方、工場は毎日稼動させねば従業員を遊ばせることになる。
従って、毎日収穫して工場に原料を供給せねばならない。
つまりは、植え付けも毎日行っておく必要がある。
それには、作付け面積も広大なものにならざるを得ないのである。
言わば、パイナップルの宿命とでも言うべきか。
尚、苗は新たに買う必要は無く、収穫後の茎からの新芽或いは実の上部の
クラウンと呼ばれる葉の部分を植えれば又二年後には実を付ける。
台湾からの農業技術者の一人、林(りん)さんの日本語も流暢である。
年齢的に見て、矢張り彼も公学校出であろう。
彼は、畑のど真ん中の幾分見晴らしのよい高台に建てられた小屋に一人で寝泊りしている。
入り口の傍の地面に大きな壷を埋め込み、金魚を飼っている。
彼の人となりを垣間見(かいまみ)た気がした。
彼は面白い話をして呉れた。
或る晩、オランウータンの親子がパインを盗みに来た。
鉄砲を空に向けて発砲したら、二匹とも驚いて逃げた。
しかし、よく見ると、親は両手に一個づつのパインをしっかり握っている。
子供は、と見ると、これもパインを一個両手で抱えて懸命に走っている。
その姿が、何とも愛らしかったと。
村田も、その情景を想像して吹き出しながら、矢張り、ここは南洋なんだな、と思った。
後で、熟れたパインを山刀で切ってもらい、ジュースを滴らせながら齧り付いたが実に旨かった。
缶詰用には、熟れてしまったのものは使えない。
この時村田は、自分がネシア・パイン社の実質総責任者になろうとは、想像もしていなかった。
続
作品名:『偽りの南十字星』 16 作家名:南 総太郎