ウミへ
「渚さん!」
陰鬱な暗雲の下、打ち寄せる荒い波の様子をガラス越しに見ていると、名を呼ばれた。振り返るとお手洗いからトオル君と手をひかれたサナギが帰ってきた。僕は海が見えるカフェ席に腰を下ろしたまま、軽く手を上げて応える。パタパタと可愛い足音を立ててやってきたトオル君は嬉しげに笑った。
休日ということで僕たちは海岸近くにある海遊館に足を運んでいた。僕はサナギとここには来たことがあったが、トオル君と来るのは始めてだった。そして彼は始めてにふさわしい様子で鼻歌などを歌っている。やや浮かれているようだ。
「海遊館、久しぶりで嬉しいです」
「それはよかった。しかしいいのかい、トオル君。せっかくの休日なのに、僕達に付き合って」
アハハと笑うと、被っているニット帽から伸びるふわふわのボンボンが跳ねて揺れた。
「中坊はそんな忙しくありませーん。そりゃ彼女とかいたら話は別かもしれないけど、僕は募集中ですし。暇だったから、誘ってもらえて嬉しいです。ねえサナギ、三人一緒の方が楽しいよねー」
僕の横で歩いていたサナギは気のない返事でねーと応えた。休日でにぎわう人通りの多さに目を奪われて、興味がいろんな方向に飛んでいるのだろう。僕は息をつく。
「サナギ、人混みに紛れたらやっかいだ。手を貸しなさい」
大きな瞳を数回瞬いたサナギは手を伸ばし、僕の小指を握った。僕の小指でサナギの手は十分収まってしまう。
「じゃあぼくもね」
掬い上げるようにトオル君はサナギの手を握った。
まるで明かりがついたようにサナギはぱっと笑顔になった。その横で僕は小さく肩を竦める。
「行こうか」
「はい」
笑ったトオル君とサナギの手を引きながら、列ができている海遊館の入り口の方へと歩いていく。嬉々と談笑を続けている二人のやりとりを小耳にはさみながら僕は思う。
僕たちは他人にどんな風に映るのだろう。
すれ違った親子は不思議そうな顔で通り過ぎて行った。