空を切り取る
それを更に、時間から切り取った写真。
青く、白く、黄色く、紅く、時に紫と、千変万化するそれには、一つとして、そっくり同じものはない。運が良ければ、そこに虹が写りこむ時もある。
いつでも同じ窓から、空を切り取り続けた少女がいた。少女はそこを動くことが出来ない。まだ中学にも上がらない小さな少女は、変わることないベッドの上から、毎日、空を切り取り続けた。
デジタルカメラのカードに、空がどんどん溜まっていく。
少女は夢を見なかった。昼間も、夜も。彼女が見るはずだった、多くの夢の代わりのように、空だけが溜まり続けていった。
やがてカードは一杯になり、中の空は彼女のパソコンへと移動させられた。空は数字になった。数字になって、いまだ溜まり続けていく。
青い空は、彼女の海だった。
白い空は、彼女の空虚だった。
黄色い空は、彼女の希望だった。
紅い空は、彼女の情熱だった。
紫の空は、彼女の憂いだった。
虹が出た空は、彼女の宝物だった。
雨の日も雪の日も、彼女は空を切り取り続けた。数限りない青。数限りない白。数限りない黄色。数限りない朱。数限りない紫。そして、ほんの少しの虹。
少女はやがて、変わらないベッドの中で、大きくなった。けれど彼女は、自分を写そうとは思わなかった。ただ、変わり続ける空だけを、ファインダーに収めた。変化を引き留めるように。そして、変化を追うように。
やがて、彼女の空が消えた。
病院の隣に、病院よりも遥かに高いビルが建った。
少女はカメラを放り出し、空があった場所を、瞬きせずにじっと見つめていた。一日中、窓から目を離さなかった。元々無口だった少女は、一言も喋らなくなった。心配した両親がずっと傍に付いていたが、ある時二人とも病室から離れなければいけない事情が出来た。それはほんの少しの間だったが、二人が揃って部屋に戻ってきた時、少女の姿は見えなくなっていた。両親は狂ったようになって探し回ったが、院内はおろか、外に出たらしい形跡もなかった。窓の外に落ちたわけでもなかった。
窓枠に切り取られた空。
それを更に、時間から切り取った写真。
写真に写った空は、色褪せない。時間から隔離された少女の魂は、決して色褪せない。
少女が切り取り続けた空を丹念に見回す者が、これから先もしも現れるとしたら。
その無限の空の中に、彼女の姿を垣間見ることも出来るかもしれない。
少女が病室から忽然と姿を消す、その直前。病室に、乾いた声が響いた。
「そらを ください」