『偽りの南十字星』 11
陳との連絡でインドネシア、スマトラ島の現地調査が決まった。
シンガポールからメダンへはマラッカ海峡を西北に遡る形で飛ぶ。
短時間の旅である。
当日の機内で、早速陳の考えが二人に披露された。
最重要事は、何としてもパイ缶の新供給源を確保する事。
資金負担の大きさを理由に躊躇すれば、パイ缶の商売を失うだけ。
それが厭なら、籐和が取り組み易い形のプロジェクトに変えれば良い。
つまり、「合弁事業」にすれば良い訳だ。
藤和一社で無理をする事はない。
藤和の負担額を減らす為には、せめて3、4社は欲しい処。
例えば、現地で1社、シンガポールで1社、そして藤和。
そこへ、自分が参画しても良い。
聴いていて永田は心中、「成る程」と感心した。
流石、銀行が推薦する人物だけの事はある、と思った。
自分達はすべて藤和一社だけでやらねばならないと悲壮な覚悟
だったが、要はパイ缶が手に入れば良い訳で、資金的にも他人が
手伝って呉れるなら、それに越した事はない訳である。
更に、陳は付け加えた。
シンガポールの一社は、最近までパイ缶製造をやっていたメーカー
の連中ゆえ技術面を担当するとし、現地の一社は、陳の良く知る
船会社のオーナーだが、スマトラでは知名度が高いゆえ、原料の
仕入れ、場合によっては農園担当とし、藤和は製品の販売だけを
担当するとしてはどうか。
藤和の負担が資金面のみならず全体的に大幅な削減となる。
尚、陳は缶詰製造設備一式を現物供与の形で参画する所存だと。
永田は、僅かな期間に、ここまで準備した陳英明なる人物に完全
脱帽の思いを強めると同時に、藤和の負担軽減を真剣に考えて
呉れている事に感謝の念も強めた。
組んで良かったパートナーだと心底思った。
メダンは当時人口が150万を超えるスマトラ島最大の都市である。
尤も、当時のこの国は正確な数字を掴んでいなかったようだが。
空港の正面出口を出て、永田は驚いた。
大勢の人間が押し掛けていて、タクシーに乗るのも一苦労。
これがすべて出迎えなのか、と疑いたくなる。
皆一様に精悍な顔付きをしている。
永田は、荷物をひったくられはしないかとスーツケースの取っ手を握り締めた。
大方はバタック族ではないかと、陳が言う。
その昔、首狩族だったらしいと言われて、本当だろうと納得した。
空港から近くのホテルまでタクシーに乗ったが、床に穴が開いていて
走る路面が見えた。
陳もメダンは初めてだと言う。
ホテルにチェックインしてそれぞれの部屋で一服した後、喫茶室に集まった。
地元の案内者が間もなく来ると、陳が言った。
続
作品名:『偽りの南十字星』 11 作家名:南 総太郎