命の授業
白人たちは檻の中で身を寄せ合って震えている。怯えた目付きは焦点が定まらないまま、キョロキョロと動いている。彼らは自分が如何なる運命を辿るのか知っている。理性ではなく、本能で理解しているのだ。だが、彼らには逃げることなどできない。鋼鉄の檻には触れると電流が流れるようになっていて逃げることは物理的に不可能だし、そもそも、亜人たちの支配から逃れること自体が不可能なのだ。人間が牛や豚や鶏や馬や羊を家畜として支配する時代は終わった。今ではすっかり立場が変わって、牛人や豚人や鶏人や馬人や羊人などが亜人として食物連鎖の頂点に立ち、人間たちを利用する時代になっている。時の流れのままに人間たちは退化し、その運命を亜人たちに委ねるようになった。”俎板の上の鯉”という表現をかつて人間たちは使ったが、今ではその彼らが俎板の上の鯉なのだ。
牛人の運転するトラックはなだらかな丘陵地帯を東に向かって進んでいる。丘陵地帯には緑と黄緑の草原が生い茂っている。俯瞰すると、緑と黄緑の大きな布を縫い合わせたかのように見える。丘の向こうには大きな山が横たわり、その頭上に太陽を頂いている。草原と草原の間を、縫うように細い川が流れていて、丸太で組んだ橋が端から端へと渡されている。トラックは橋の上を通って、再び、なだらかな丘陵地帯へと出た。丘には点々と小さな影が出来ている。小さな点が動いているのが見えるが、よく見ると、それは人間だ。首輪を付けられた素っ裸の人間たちが、丸太を担いだり、滑車を引いたりして、労働に従事させられている。トラックが彼らの間を無遠慮に通り過ぎた。進行方向の先には、木の柵で囲まれた牧場と、牛舎ならぬ人舎がある。牧場の敷地内には作業着を着た牛人が立っていて、素っ裸の人間たちを鞭で打っている。トラックが敷地内に入り、減速しながら停まった。ドアが開いて、運転手が外へ降り立った。運転手は牧場の経営者であり、人間たちを管理している。男が作業着の男に声を掛けた。作業着の男は、人間を鞭で打つのを止め、トラックの方に走っていった。経営者と従業員と思われる男は何やら話し込んでから、荷台に載せられた檻の鍵をスイッチで解錠した。檻が開いても、白人たちは逃げ出す気配を見せなかった。作業着の男の怒気を含んだ声が牧場に響き渡り、白人たちは出るように促された。ぞろぞろと出てくる白人の男たちの背中に作業着の男は焼き鏝で烙印を押していった。男たちは表情を全く変えないばかりか、従順な態度さえ示した。
白人の男は烙印を押されたうえに首輪をはめられて使役動物として扱われることになり、女は烙印を押されないで、そのまま食肉加工場に誘導された。女たちは訳がわからないままにベルトコンベアの上に寝かされた。作業着の牛人は女たちの身体を十分に堪能してから、機械を作動させた。工場全体が激しい振動に突き上げられて、ベルトコンベアが動き始めた。女たちは動く板に身を任せるほかなかった。或る者は涙を流し、或る者は固まったまま動かないでいた。女たちを乗せた板は、やがて、仄暗い穴の中へと吸い込まれた。穴は地獄への入り口で、放り込まれた者たちは縦横に張り巡らされたパイプの中を通っていく。パイプを通り抜けた頃には、女たちは逆さ吊りの状態になっていて、表面の肉を剥ぎ取られていた。一瞬のことで血も出ていなかった。腹からは赤みの肉が覗いていて、あばら骨が透けて見えた。
「以上です」
豚人の女教師はそう言ってDVDを停止した。テレビのモニターから残酷な映像が消え、教室中に嘆声が溢れた。生徒の一人が吐き気を訴えて部屋を出て行ったが、女教師は止めなかった。彼女は生徒たちに向き直ると、おもむろに言った。
「良いですか? これが命をいただくということなんですよ」
教卓の上にはパックに包装された肉が載っている。ラベルには”愛知県産白人肉 すき焼き用580円”と書かれている。女教師は、それを手に取って、生徒たちに説教をし始めた。
「あなたたちが普段見ているものは、このようにスーパーマーケットなどで肉の形となって売られているものです。つまり、既に死んだ状態のものを見ているんです。そんなものに毎日のように接していると、命を戴いているという認識がどうしても希薄になりがちです」
そこまで言うと、女教師は教室の外へ出た。そして、首輪に繋がれた裸の人間を伴って再び中へ入ってきた。それを見て、牛や豚や馬や鶏に似た亜人の生徒たちは一斉に色めき立った。女教師は咳払いをしてから、言った。
「そこで、あなたたちに課題を与えたいと思います。この人間の女を3ヶ月間育てて、最後に食べてもらいたいと思います」
女教師の提案に生徒たちは様々な反応を示した。露骨に不快な表情を浮かべる者がほとんどで、中には食べちゃうなんて可哀想だよと慈悲を示す者もいた。女教師は複雑な表情を浮かべながらも、心を鬼にしなければならなかった。この残酷な試練を乗り越えることで命の大切さを分かってもらいたかった。彼女は教卓を拳で激しく叩き、生徒を黙らせた。
「残酷ですが、こうすることであなたがたに命の大切さを分かっていただきたいのです。これが私から、この学校を卒業するあなたがたへ送る最後の授業です」
その言葉に生徒は沈黙で答えるほかなかった。静寂が教室を包んだ。静寂を破ったのは人間の女だ。女は女教師の制止を振り切って教室の中を歩き始めた。女は笑っていた。これから自分がどうなるのかも分からないで笑っていた。女教師と生徒たちは、それを呆然と見つめるしかなかった。