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月明かりと冷たい夜空

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夜闇は何もかもを飲み込むように深く、室内だというのに辺りの空気は凍えるほどに冷たい。
あまりの寒さに、空に浮かぶ星々さえ凍りついてしまうのではないかと思うほどだ。
そんな中にあって、月はいつもと変わらず夜の世界照らし、穏やかな光をたたえている。
うっすらと青白い光が混じる月の光を見つめながら、「月にはウサギが住んでいる」なんて話を思い出していた。
たしかに、こんな綺麗な光をたたえる月にだったら、ウサギも住みたがるかも知れない。
どれくらいそうしていたのだろう、ふと壁に掛けられた時計に目をやると、ちょうど長針と短針が重なり合うところだった。

「もうそんな時間か……」

誰に言うでもなく、ひとりつぶやく。
その声はかすかに部屋の空気を震わせ、また静寂が訪れた。
なんとはなしにあたりをぐるりと見回す。
フローリング張りの小部屋には、飾り気のない木製の机がひとつ、半開きになった読みかけの新書が1冊、コーヒーの入ったマグカップが1個。
コーヒーはさっき入れたばかりのはずだが、もう湯気も立っていない。ためしに一口飲んでみたが、暖かさなどかけらもなかった。
冷めたインスタントは格別にまずい。もったいないが、これはあとで捨ててしまおう。
視線を窓際から覗く月へと戻し、椅子へもたれかかる。
ギッ、ときしみをあげて、椅子は私の身体を受け入れた。
窓の先に輝く月は、相変わらず幻想的な光をたたえていたが、それまでの魅力は失われている。
もう一度あの月を見ようと、いろいろな角度から眺めてみたがどうにもしっくりこない。
月は、ただの月になってしまった。
いや、たぶん月が表情を変えたのではなく、自分の感覚の糸が緩んだのだろう。
それとも、星と同様に底冷えする空気に当てられ月も凍り付いてしまったのだろうか?
魅力を無くした月に見入るわけでもなく、かといって完全に目をそらすわけでもなく、ただぼんやりと夜空を眺めながら、ときおりきしむ椅子の音を楽しんでいた。

「おとうさんなにしてるの?」

ふいにドアの方から声が聞こえ、その方向へと顔を向ける。
そこには、月明かりに照らされたパジャマ姿の宏〈ひろむ〉がいた。
眠そうに目をこする宏の片手には、気に入りのクマのぬいぐるみの手が握られている。
宏とクマのぬいぐるみはほぼ一緒の大きさで、宏はいつもクマの手を取り、引きずりながら歩く。

「ん、どうした起きちゃったか?」
「んーん。トイレ」

見ると宏のパジャマの袖が少しぬれていた。
手を洗ったときに水がついたのだろう。
宏はまだ眠たいのか、よたよたとおぼつかない足取りでこちらへよって来た。
宏が歩くたび、クマのぬいぐるみも一緒によたよたと動く。
それは、クマが億劫そうに宏に手を引かれているようにも見える。

「そうか、ちゃんとひとりでできたか?」
「うん。とちゅうまでロビンといっしょだったけど、ひとりでした」
「そうか、宏はえらいな」

ロビン――手を引くクマのぬいぐるみを宏は見つめる。
椅子のそばに来た宏を抱きかかえ、ひざの上に乗せて頭を撫でてやった。
抱きかかえたときに宏の手から離れたロビンはすとん、と床に座り込み、
やれやれ、といった感じで椅子にもたれかかってきった。
その姿がぬいぐるみとは思えず、つい可笑しくなってしまう。

「おとうさんて、つめたい」

頭に乗せた手を取り、ほおずりをしてきた。
さっきまで眠っていた宏の体温は暖かく、窓際で冷たくなった手に心地よい熱が伝わる。
宏も冷たさが気持ちよいのか、猫のように目を細めくすぐったそうに笑う。

「あっ! うさぎさん!!」

ふと窓の外へ顔を向けた宏はパッと目を輝かせ、勢い良く窓辺へ乗り出した。
予想もつかない動きに、慌てて椅子のバランスをとるが、そんなこと宏はお構いなし。
空に浮かぶ月に興味津々だ。正確には月のうさぎに、だろうが。
さっきまでの眠たそうな素振りは一切無く、らんらんと目を輝かせる宏の豹変っぷりに感心してしまう。
まったく、子供と一緒にいるとひやひやする反面、本当に飽きないな。

「おとうさん、うさぎさん! うさぎさん!!」

月を見ながらはしゃぐ宏。
バタバタと脚を振り、「うさぎさん、うさぎさん」と宏は繰り返す。まるで自分が月に行って、うさぎと一緒に遊んでいるかのようなはしゃぎっぷりだ。
しばらく月のウサギを見ながら宏ははしゃいでいたが、それでもやはり眠気には勝てないのか、しだいに脚の振り幅は小さくなり、目を擦りはじめた。「うさぎさん」のトーンも目に見えて小さくなっている。
そろそろ頃合いか。
ひざの上でうとうとし始めた宏を抱きかかえ、席を立つ。

「ほら、宏。布団で寝ないと風邪引くぞ」
「ん、ロビンも……」

おぼつかない仕草で宏はロビンへ手を差し出す。自分で迎えに行く元気はもう無いらしい。

「ああ、ロビンも一緒だ」

宏とロビンを抱きかかえ、宏の部屋へ運んでいく。
両手に感じる宏とロビンの重さ。宏、重くなったな。
少し前までロビンとそう変わらないと思っていたのに、子供の成長は思った以上に早いのだと改めて実感してしまう。
そのうち、抱っこもできなくなってしまうのだろうか? もっと成長したら、宏に抱っこされるようになるのだろうか?
半開きだった宏の部屋のドアを脚で開け、宏とロビンをベッドへそっと下ろす。

「宏、おやすみ」
「うん……おやすみ」

寝言ともつかない宏の言葉を聞き、静かに扉を閉め、部屋へと戻る。
ふと窓から覗く月は、宏の言うようにウサギが跳ねてきた。
はじめの美しさはないが……これもこれで悪くない。
そこで、あくびがひとつ。

「さて、そろそろ寝るか……」


――翌朝、宏が布団に大きな月を描いたのは、また別のお話。
作品名:月明かりと冷たい夜空 作家名:一木寸人