夏風吹いて秋風の晴れ
あっけらかんと
結局、予想通りにタクシーで帰ると、俺の手元にはおつりが残っていた。あとで、これで、3時のおやつに、けっこうなものが買える金額だった。
会社に戻ると、川田さんが1人で事務仕事をしていて、鈴木さんはお昼に出たようだった。
「おかえりなさい、電話がありました」
言われて、メモ紙を見ると予想通りに直美からだった。
「そこにも書きましたけど、夕方に赤堤の家にいきます。えっと、なんだっけ・・」
椅子に座って振り返りながら、川田さんが思い出しながら話をしてくれていた。
「うーん・・・来てくださいね、都合悪かったら、連絡ください・・・ですね」
メモ紙通りだった。
「はぃ、そう書いてありますよ」
笑いをおさえながら、返事をしていた。
「よかったぁー わたしって、けっこう記憶いいじゃないですか・・」
頷きながらの川田さんだった。
「これって、どのくらい前の電話?」
「5分前ぐらいです」
それは、記憶がいいやっていうのかって・・笑いそうだった。
「川田さんは、食事はまだなんでしょ?」
「はぃ。鈴木さん帰ってきたらでいいですから」
「悪いね、あっ、お土産あるよ、川田さん」
「えぇー 」
ものすごい速さでこっちに体を向けながらだった。たぶん、今、川田さんが思っていることと、俺の背広の内ポケットの中身は一緒のようだった。
「はぃ、社長からです。えー、頑張りました。これからも尚、いっそう頑張ってください。体にはきをつけて・・・・って言ってました」
そんな事は、叔父は一言も言ってなかったけど、適当にしゃべっていた。
「ありがとうございます」
両手なんか出しちゃって、満面の笑顔だった。
「はぃ、頑張ってくださいね」
「はぃ、がんばります。今日はおいしい、贅沢なお昼にします」
頭を下げられていた。
「あのうー 贅沢っていうと、なに?」
「ストロベリーファームのハンバーグにします。名前なんだか忘れちゃったんですけど、おいしそうなのがあるんですよ。¥1100です」
「へー 知らなかった・・でも、中身は見てないから、いくら入ってるのかはしらないんだけど・・・¥1000かもよ」
お札は、わかったけど、金額は知らなかった。でも、¥1000で、この袋はないだろうなぁーっては思っていた。
「あのー 見ちゃっていいですか・・」
遠慮がちにだった。
「いいよー 俺も見ようっと」
鋏を出して、綺麗に封を開けようとすると、
「わぁー すごい・・ありがとうございます。主任」
って、川田さんの声の大きな声のほうが先だった。
あわてて、封を切って、俺も中身をみると、1万円札だった。
「ありゃ ほんとだ・・・あっ、俺じゃないから・・社長に会うか、電話でたらお礼言っておいてね」
「はぃ。 うーんいい会社だぁー」
川田さんは、なんだか、でかい声で独り言を言っていた。
「あのうー 変なこと聞きますけど、主任も店長も鈴木さんも金額は一緒なんですか・・・」
「そうだと思うけど。名前書いてないし・・そういう性格のお金でもないでしょ。まぁー 店長とかは、成績よけりゃボーナスには反映すると思うけど・・そこで差はつけるんじゃないの?」
「なるほどぉー そうかぁー でも、うれしいです」
また、頭をペコリって下げながらだった。
「うん。まっ 頑張ってよ」
「はぃ」
きちんと机に向かって座りなおした川田さんの背中までうれしそうだった。
「で、午前中のお客様は、どうなの?」
仕事の話を、すっかり忘れていた。
「あっ、はぃ、夕方に電話もらえるそうです。それまで、部屋を押さえてもらってもいいですか?」
「いいけど・・鈴木さんにも言っておいてね」
「もう、言ってありますから」
「なら、いいです」
返事をして、冷蔵庫に麦茶を取りに立ちあがって、背広の上着をハンガーにかけていた。叔父から預かった封筒は、小さな金庫にしまっていた。金庫って言っても、大金なんていつも入っていなくて、中は書類のほうが多かった。
「あのー 赤堤って、社長の家ですよね・・・」
席に戻ると、川田さんが左手に書類、右手にボールペンを宙に浮かして振り返りながらだった。
「そうだね」
「叔父さんなんですよね・・社長って、主任の?」
「知ってるんじゃないの?」
「いや、あのー 知ってます」
川田さんは、ここに来てまだ、3ヶ月のはずだった。
「なら、そうだけど・・」
「なるほど・・・やっぱり・・」
なにが、やっぱりなんだか、さっぱりだった。
「意味わかんないよ」
「いや、この前、本社に行ったときに、主任の事ってけっこう聞かれるわけですよ。どうなの?とか・・」
「どうなの?って言われても困るでしょ?」
「はぃ」
「じゃぁー 適当に言っていいよ。俺気にしないし・・」
「ちゃんと、いい人ですよって 言ってますよぉー」
「いや、言わなくてもいいから、それ」
笑いながらだった。
「まぁー でも、本社の人も気になるんですかね、仕方ないですよね・・」
仕方ないって言われてもだった。今日は、鈴木さんといい、この話ばっかりかよって思っていた。
これで、叔父の所に、弓子ちゃんが土曜日に引っ越して来て、叔父が会社の人間に、弓子ちゃんを紹介したら、その話と一緒に俺の話もいろいろ、影で言われるんだろうなぁーって思っていた。
まぁ、でも、言われても、きっと、俺ってこんな性格だから平気かぁー ってのも一緒にだった。
それより、直美に毎晩わるいなぁーってことのが重要だったし、でも、重要だぁー って思いながらも、叔母さんが作る夕飯も楽しみだった。そんな、俺だった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生