夏風吹いて秋風の晴れ
噂話で
午前中は、いつもはそんなにお客さんはやってこなかけど、けっこう他の不動産屋さんからの問い合わせの電話はひっきりなしだった。場所柄なのか、渋谷あたりの不動産会社からの問い合わせが多かった。
親会社の建築会社で持っている不動産の部屋の問い合わせも多かった。親会社は建築を請け負うと、必然的にその請け負ったマンションの部屋を付き合いで買ったりもするようだった。それを、子会社の、こっちで賃貸として貸し出したりもしていた。もちろん売買もだった。
「社長ってなんなんですか・・・」
机に座って、パソコン画面と、電話におわれて、忙しそうにしていた「鈴木さん」に聞かれていた。
「いや、きっと仕事のことじゃないと思うんだけど・・仕事だとしても、今月も売り上げいいし、おこられたりはしないと思うけど・・ひょっとすると、お小遣い程度をミニボーナスでもらえるかもよ」
売り上げはもう月末を待たずに、予算をクリアーしていた。
「ほんとうですか・・・」
うれしそうに鈴木さんが言うと、お客様と向き合うカウンターの座っていた「川田さん」も、こっちを振り返っていた。
「あっ、ごめん、想像だけだから・・今のは忘れて・・」
「えぇー そんなぁー」
1番若い川田さんに言われていた。でも、たまに、成績がいいと、そんなに多い金額ではなかったけど、お金の入った封筒を渡してくれたことは何度もあったから、あながち、ハズレってわけでもなかった。
「なかったら、言っておきますから・・川田さん」
「お願いします、是非」
うれしそうな顔で川田さんがにっこりだった。
11時を半をまわると、若い女の子のお客さんが来て、川田さんが部屋の案内に出かけると、鈴木さんが、お茶を出しながら、聞いてもいいですかって感じで俺に、話かけてきていた。
「社長が養女を迎えるって聞いたんですけど・・ほんとうなんですか?」
唐突なのにも、驚いていたけど、それより、なんで、そんなことを知ってるんだって思って目が点だった。
「えっ、それって、どこから・・」
「秘書室の佐伯って知ってますか?」
「そこから・・・」
「はぃ、同期なんですよ」
さすがに、叔父も秘書だけには、バレていたようだった。まぁー もともと隠し事とか上手な人ではなかったから仕方なかったけど、今回の件はめずらしく叔父もけっこう慎重で、まだ今回の事は、俺は誰にもバレていない話だと思っていた。
「鈴木さん、知ってるなら、言うけど、今週末に引っ越してくるよ。でも、それって、今は秘密のことなんだと思うんだよね。いずれは紹介すると思うんだけど、しばらく内緒にしてくれる?それって、たぶん社内とかに広まると、秘書室あたりから漏れたってわかっちゃうんだと思うんだよね。だと、佐伯さんがマズイでしょ?たぶん、すぐに紹介すると思うから、それまでは、ごくごく内密にしておいてくれる?」
「は、はぃ、すいません」
なんだか、あわてて返事をされていた。
「いや、社長に言わなきゃいいよ。気にしないで」
俺に、言わなきゃよかったって顔をしていたから、こっちもあわてていた。
「はぃ」
「佐伯さんて、思い出した。うん。知ってる」
「あっ、すいません。昨日飲んだもんですから・・そこで、内緒って言われた話だったんですけど・・」
「いいよ、気にしないで・・それって 俺だから言ったわけでしょ?」
「いや、あのう、佐伯が、ライバル出現って言ってたから・・」
「はぁ・・・」
社内で、社長に子供がいないくて、甥っ子の俺が、子会社とはいえ、大学生でも働いているとなると、陰で俺のことを変に噂しているのは知っていた。それも、仕方ない事だと思っていた。でも、やっぱり 「はぁ・・」って感じだった。
「えっとね、鈴木さん言っておくけど、俺って、大学卒業しても、この会社に入社する気はないんだよね。だから、まぁ、いろいろ言う人はいると思うけど、聞き流しておいてよ」
正直な気持ちだった。
「でも、社長はそう思ってはいないんじゃないですか?」
「うーん、まぁ そのへんの話はこっちもなるべく避けてるから、話したことはないけど、でも、こっちにその気がないから・・」
「そんなもったいない・・」
もったいないって言われても、この会社も、親会社も、叔父の会社で、俺の親がやってるわけでもなかったし、そんなこと言われてもだった。もちろんそういう風に言う人がいるのはわかるけど、だった。
「言われてもねぇー 」
「主任が、次期社長候補かと思ってたのに・・・」
「なんだそりゃ」
かってなんだからって思いながら返事をして、少しおかしくて、麦茶に口をつけていた。
「主任も複雑かなぁー って佐伯が言ってたんで・・・」
「なるほどねぇー どっちかというと、良かったなぁー なんだけど。やっぱり、子供いないと、静かだろうなぁー って思うからさ。家の中とか・・昔はにぎやかだったのになぁーって思うから」
「昔って・・・」
「あっ、知らないんだ・・昔、叔父の家には俺と同い年の従兄弟がいたんだけど、交通事故で死んじゃってさ、小学生のときに・・」
「えっ、そうなんですか・・知らなかったです。もともと、お子さん、いないのかと思ってました」
「そうなんだぁ・・だって、この会社の名前も、その息子の名前なんだけど・・シオンコーポレーションのシオンってのはカタカナだけど、本当は漢字でこう書くんだけど・・」
言いながら、メモ紙に 「詩音」って感じを書いていた。久々に漢字で、従兄弟の名前を書いていた。
「やだぁー そうだったんですか・・・この会社の名前って、社長がクリスチャンなのは知ってたから、その関係で、なんか、キリスト関係の名前っぽいなぁーって思ってただけでした。そうだったんだぁー」
「こっちが、少しビックリだわ、それ」
言っていたけど、たしかに、会社の名前の由来なんかきちんと説明なんかしていなかった記憶だった。でも、考えたら、会社の名前は、社長の死んだ息子の名前ですよってのは説明しづらい事だった。
「そうだったんだぁー」
まだ、鈴木さんは、うなずいていた。
「うん、まぁー あんまり覚えなくてもいいけど・・」
「あっ、はぃ。今の話って、誰でも知ってることなんですか?」
「どうだろう・・本社の古い人は誰でも知ってるだろうし・・若い人はどうなんだろうね・・わかんないや・・・あっ、秘書室の佐伯さんに言おうと思ったでしょ?」
「えっ・・」
どうやら、図星のようだった。
「あっ、社長来ちゃった・・早いなぁー 」
外に見慣れた黒い車が停まって、叔父がそこから出てくるところだった。時間はまだ、11時45分だった。
あわてて、俺も立ち上がったけど、それよりも早く鈴木さんが、入り口のドアを開けに小走りだった。
車を降りて、「うわぁー 暑いなぁー」 って顔の叔父がこっちを見ていた。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生