初めての恋
「好きだよ。」
なんの前触れもなく彼は言った。
その言葉が私にとってどれほど重要なものか、彼は知らない。
私は特に気にした風でもなく、ありがとう、と返した。
彼は私を誤解している。
私を解った気になっている。
だから、こんな言葉を口にする。
女は男より、猫を被るのが上手なんだよ。
いつ誰に聞いたかは忘れてしまったけれど、今になって頭の片隅にこびりつき始めたそれ。
彼の前では素直でありたいと思うのに、なぜか私は猫を深く被る。
矛盾する行為に苛立つ。
はっきりしているのは、彼に本当の私がばれてしまうのが怖いのだ。
ばれて、彼の私への気持ちが、悪い方向か良い方向かどちらかに少しでも傾くのがたまらなく怖い。
彼には恋人がいる。
私はただの友人。
どんなに愛を囁かれても、私はこの場から動かない。動けない。
まるでヘビに睨まれた蛙のように。
今の私にはどうする事もできない。
好きだよ。
ありがとう。
いつまでも繰り返す。
本当に、君が好き。
ありがとう。
何も変わらない。何も生まれない。
愛してる。
ありがとう。
小説の中の人物しか知らないはずの、こんなありがとうの気持ち。
私の初めての恋は、決して前へ進む事が許されぬ恋なのでした。