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水城 寧人
水城 寧人
novelistID. 31927
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緑神国物語~記録者の世界~ 短編集03諜報部長

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騎士と諜報部長



 まだ日も昇らぬ朝早い時間。
 欠伸を存分にしながら、騎士はカーテンを開ける。明かりの灯りつつある夜空が美しく、彼女は毎朝この風景を見るのが好きだった。
 ノックの音が部屋に響く、返事をするとメイド長が入ってきた。
「おはようございます、騎士」
「おはよう、メイド長」
 にっこりと微笑を交わす2人。城でも女性の数は少なく、さらに高い地位となるととても人数は限られてくる。
「今日は昨日零燐国の姫君にいただいたケーキをお持ちしました。宰相閣下も絶賛でしたよ。どうぞお召し上がりください」
 蜂蜜がたっぷりかけられた美味しそうなパンケーキが、綺麗な皿の上に載せられていた。
「ありがとう」
 いつもメイド長は騎士が起きた頃に、この部屋へと顔を出してくれる。しかも、毎日欠かさずお菓子を作ってきて。甘さの広がるパンケーキに、思わず騎士の口元がほころぶ。
 ぱくぱくとケーキを口に運んでいると、メイド長が言った。
「お食事中申し訳ありませんが、諜報部長が9時に第2会議室へと集まるようおっしゃっていました。昨年の女帝国避難民被害リストも持ってきてほしいということでしたが……」
 遠慮がちな口調は、仕事を好まない騎士への気遣いだろう。皇帝から聞いた限りでは、メイド長はかなりの悪戯好きのようだが……やはり家柄の力とでもいうものか。
「ああ、分かった。大丈夫だと伝えてくれ」
 騎士の苦い声に、メイド長は深く頭を下げた。

「で?被害リストということは、あの案は採用されたんですね」
 分厚い紙束を抱えるように持ちながら、騎士は言った。会議室には予想以上の人間が立っており、全員が騎士を振り返った。
 その中の一人、諜報部長が奥でイスに腰掛けながら答えた。
「いい案だったからな。話し合おう、君と私は同等なんだ」
 騎士が冷たい目で彼を見下ろす。
「どうでもいいですけど。っていうか、だいたいどうして私がこの話し合いに参加する必要があるんですか?教育長でもいいじゃないですか」
 『女帝国に偽の噂を流し、緑神国への避難者を減らす。』
 使われるのは、諜報部の2人と後に付け足された戦闘部隊の一部だけ。確かに戦闘部を率いているのは騎士だが、今彼らの指導をしているのは教育長だ。それに、もともと騎士自身はこの案に参加しない予定である。
 不服そうな彼女の表情を見て、諜報部長が呆れたように肩をすくめた。
「何言ってんだ。教育長の立場って、私より2つくらい下だよ?話し合いに参加できるわけがないだろう」
「え、2つも?」
 騎士は驚いて声をあげた。説明が面倒そうな顔をする諜報部長に、彼女は尋ねる。
「本当ですか?あんなに普通に接しられるのに」
「嘘ついてどうするんだ。彼女の専門は国政では無く、城の者の教育だろ。国務臣の中でも最も低い地位だ……って、君は国務臣の中に身分差があることすら分かっていないようだな」
 騎士は顔をしかめた。まだ城については学び始めたばかりだというのに、そんな言い方はないんじゃないか?
 暗い殺気を放ち始めた騎士を気にした様子も無く、諜報部長は口を開いた。
「国務臣が全部で7人ということは、知っているな?」
 宰相の下に仕える国務臣。国の仕事を担当する7つの部で構成されている。ちなみにメイド長は特殊な城の管理者でもあるため、国務臣と同じ地位だ。
「はい。戦闘部長(騎士)と教育部長(教育長)、国民部長(国民長)に諜報部長……財務部長と」
「保安部長と外交部長。よく覚えていたな、騎士なのに。……ああ悪い悪い」
 震える騎士の右手が目に入ったのか、慌てて諜報部長は言い足した。騎士の腰には白銀の剣が差されており、抜いた彼女は国一番の剣士となる。
 で?聞き返した騎士の蛇眼に、諜報部長は一瞬声が詰まった。
「……国務臣は3つのランクで分けられる。まず最高位の零級が、君と私だ。次の壱級が財務部と外交部。そして最後の弐級に残りが入る」
 弐級は、教育部長と国民部長、保安部長……。
 しかし階級でどう違うのだ?首をかしげた騎士に、諜報部長は説明をしてくれた。
「基本、給料だね。あとはまあ色々かな」
 言葉を濁したのは、やはりこの国の掲げる軍国主義がかかわっているのだろう。さきほども、話し合いには彼女が参加できないと言っていた。
「それにしては皆、あまり私や貴方に敬語を使ったりなどしませんよ?」
 保安部長は敬語だが、教育長は普通の口調だ。皇帝や宰相も、特にそんな話はしていなかった。
「公にはされていないんだ。教育部は指導中の身分区別を原則禁止しているだけだしな。実際は他の部も含めて、かなり気にしているぞ」
 改めて軍事国家の裏を見た。宰相に教わった“裏側”はこんな風に影響を及ぼしているわけで、だからこそ皇帝の声が城の隅々まで行き届くのだ。
 騎士は息を吸った。
「分かりました。それなら早速、話し合いに移りましょう」
 諜報部長が、それを聞いて笑顔になった。
「良かった良かった。始めるか」

 結局意見はまとまらなかった。
 とは言っても進展はあり、今回の実行隊の中では主な2つの意見が持ち上がった。ただ実行するにはどちらの意見にしても綿密な計画が必要なため、その議論がただいまのテーマである。
「騎士!一緒にお昼を食べないか?」
 諜報部長が声をかけたが、騎士は用があるらしくバタバタと消え去ってしまった。部屋にいた戦闘部隊の参加者たちは訓練で時間が合わないし、もう一人の諜報員は風邪で休んでいる。
――ひとりかぁ。
 男のくせにとよく言われるが、やはり話し相手はいた方がおもしろい。くるくると回転イスで回っていると、会議室のドアが開いた。
「こんにちは、諜報部長。少しいいですか」
 顔を出したのは、さきほどの騎士との会話にもでてきた国民長だった。昼はまだなのか、手には国民の要望書と思しき書類の束がのせられている。
「え、どうしたんだ突然」
 諜報部長が驚きの声をあげた。国民長と話す機会があまりないからである。 
「いや、戦闘部長に頼まれまして」
 騎士から私に用……?
 怪訝な表情の諜報部長に、国民長はローブの下から大きな金色の鍵を手渡した。保安部で使われている、武器庫の最終扉を開けるための鍵だ。球状のエメラルドが嵌め込まれていて、武器庫の鍵とは思えないほど繊細な装飾が施されていた。
 しかし何故、国民長がこれを持っている。
「……この鍵は騎士から?」
「はい。私には何を言っているのか分からなかったのですが」
 少し困ったような表情をしながら、国民長は言った。
「宰相閣下からです、しっかりと後始末をお願いします……と」
 なるほど。諜報部長は「分かった」と短く答え、国民長を見上げた。彼は本当に何も知らないのだろう、特に変化を感じられない顔で諜報部長を見ている。
「これだけならもういい。騎士に“受取った”とでも伝えてくれ」
「構いませんが、私は伝書鳩ですか」
仕方ないなと呟きながら、国民長は諜報部長に踝をむけた。翻って消えてゆくローブを見つめながら、諜報部長は立ち上がった。大きな伸びをして、椅子にかけてあった自分のローブを取り出す。長らく使っているが、生地が良いのでほつれは出来ていない。
「汚れても文句は言うなよ」