hollow sky 2 aleph equity
シレンシオの狂騒。
情操電磁帯の渦は、室内を全方位波状に拡散し、人々の心理系に、視覚的イメージを照射する。
ts経の流動脈を逆流する血液の記憶。それは、さながら虹の内部に生起する発光色の重奏螺旋にして、混沌という名の条件付き暴力装置、感覚器官への局地爆撃。加速する生命、近接する死の定義は、認識の病の緩慢な進行とその終局である。
ハロウェイは、自らの交環足を停止し、感覚装置を上位構造帯の制御下に委託していたため、これらの騒ぎとは、無縁であったが、夢遊病者のように何者かを探し、クラブ内を巡回していた。
そして、カウンターに腰かける人型を見つけると、レイブ状態の群集を、裂くようにかき分け、隣の席に滑り込んだ。
「失礼ですが、PFGの関係者とお見受けしましたが。」
人型は、デフォルト加工のマスクを振るように動かし、席を立つ。
そして、マスターに呪文のような言葉、何かを呟くと、その場から消失した。
店を出るまで、マスターの電極系から一秒毎に読み込んだ分極プラグの中には、接触が行われるtsの臨時コードへのアクセスレートが、入力されており、ロジスティックス上には社製構造自らの手による解析を要する経路が存在した。
12時間後、ハロウェイは、現れたコードにインセプトする。
無限に連接された鏡面世界、TS。舞台はさっきのシレンシオに設定されている。席はボックス。向かいには、男型と女型が悠然と掛けていた。
「手間はかかるが、こちら側の方が落ち着いて話が出来る。
周囲の情況も、時間も気にする必要がないのだから。」
男のスピーカーが途切れ始めたので、女との複声に切り替わる。
「私たちは、貴方の境位的には、ク・レンダイン社製第四次胎下構造のインターフェースとして認識可能です。
実務提携する上で、あなた方が、信頼に価するかどうか調査するために、造られ、存在します。
まず、貴社がノア以降実施されている仮構運動、密印の発動させたディスコンストラクションの具体的内容を教えて頂きたい。」
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男型端末は、グラスに無色透明の球体を入れる。硝子同士が触れあう軽い音が、周囲に反響したかと思うと、バナックの基調パターンが展開し、ハロウェイの眼前に見知らぬ女性の虚像が現れた。彼は側面に表示されたバックデータを眺めて、言う。
「彼女が例の鍵か?なんの編鉄もない商用モデルじゃないか。」
女型が頷く。黄土色のホログラフィーは、虚空に微笑んでいる。
「主幹部も製法工程に関して、何の問題も見出だせていない。
基約委員会の調査によれば、彼女の販売経路はts上に数千万ルートも仮定されていた。そのどれか一つの上で、誰かが、何らかの意図を持って、彼女の実存に鍵の細工を施したのだ。」
男は先程の球体から漏出し、グラスを満たした蛍光色の液体を、おもむろに口径部から体内に取り込むと、ハロウェイの方に体を乗り出してきた。
「我々よりも先に、造物局が、彼女の身柄を押さえた。といってもまだデータベース上で記憶を集約させ、動機付けを行ったに過ぎないのだが。
連中はその為に、元々彼女に深い関わりのあった廃棄aiを呼び出し、鍵の入手とpj5412-レクセルの抹殺の任務を与えた。彼自身は、任務をプログラムの一環と条件付けられているだろう。彼等は今、アレフ軌道軸上にある。彼女の鍵を実体化させるつもりらしい。」
私と彼女の狭間に、無数の彩と音響が連なり、重なりあう。そして、あらゆる可能性という名の隔たりを越え、二人はお互いを認識する。確かな手触り、彼女の温もりがハロウェイの手のひらに伝わる。
彼女も、私も知っている。これから失われた生を取り戻すために、それぞれが何をすべきかを。私たちは確信している。終わりは近いのだと。
ハロウェイと女は、肩を持たせ合い、方漠としたフロアを緩やかに円舞する。滞った熱気を切り開くように、二人の尾翼は旋回を続ける。孤独な群集の海に穴が開き、退潮していく。あれほど多彩だったモジュールやホログラフィーも、その現出を停止しつつある。やがて、辺りを静寂の暗幕が包んでしまう。
席に独り取り残された男は、煙草を燻らせ、上方の巨大な虚口を眺めている。静かに目を閉じ、虹色のスモッグを閉じた空間に描き出した。
立ち上った煙の中に、かつて男が自らの動機付けを得た場所を幻視した。その始まりから飢餓に晒された、小さな肋の群れ。我々は虚ろな生存へと駆り出され、使い捨てられる。
煙は微かに揺らいで、通気孔の暗い淵に消えた。
作品名:hollow sky 2 aleph equity 作家名:personal jm