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彷徨する瞳

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  [ 彷 徨 す る 瞳 ]





私とタケルちゃんの関係というのは、どう言い表したらいいのかわからない。友達でもなく恋人でもなく。今思えば最後の最後までそれがはっきりしないままだったように思う。
私はタケルちゃんが好きで、タケルちゃんも私が好きで。だけど私たちは付き合っているわけでもないし、だからといって気まずいわけでもない。
これが「友達以上恋人未満」というやつか。それとも二人とも勇気がないだけの話なのだろうか。



「タケルちゃん?」

昼間のバスの中は私たち以外に誰もいなかった。その日は本当に天気が良くて、ガラス越しに見えた空はタケルちゃんの大好きな青。私とタケルちゃんの最後の日には相応しいような空だ。
隣でずっと窓に顔を向けたままのタケルちゃんを見て、もしかして彼は寝ているんじゃないかと思った。でもそうじゃなかった。寝てるの?と私が訊ねてみたらタケルちゃんは寝てないよと小さく返事をしたから。

「タケルちゃん…」
「…うん?」
「泣いてるのね」

黙り込むタケルちゃんはなんてわかりやすい子だろう。
タケルちゃんはずっと窓の外に顔を向けていて私のことを見てくれようとしない。
もう二度と見てくれないのだろうか。こうやってタケルちゃんの傍を離れていく私を、その目に焼き付けるなんて優しいことはしてくれないのだろうか。

「ごめん…アオイちゃんが困るよね」

そう言った彼は溢れる涙をぐいぐいと拭って、ようやく私に顔を向けてくれた。目が腫れていた。それを見た瞬間、泣きそうになってしまったのは私の方だ。
タケルちゃんの可愛い瞳が赤く染まってる。タケルちゃんの綺麗な茶色の髪が濡れた頬に張り付いてる。タケルちゃんタケルちゃん。


無償にもバスは空港へと近づいてゆくばかりで、残された時間が私とタケルちゃんの笑顔を黒く塗り潰していくかのようだった。窓ガラスの向こうに流れる景色これで見納めだ。でも今は、、、タケルちゃんしか見たくないよ。大好きなタケルちゃんの顔に比べたら、15年間暮らしてきたこの街の風景なんてどうだっていい。今の私には色褪せて見えるだけなのだ。


どうしても涙が止まらないのか、タケルちゃんはさっきから目を擦りすぎている。そんなに擦ったらダメだよ腫れちゃうよ。私が何度言ってもタケルちゃんは手を止めなかった。小さな嗚咽さえしていた。
しばらくその状態が続いた後、なんとか涙を堪え顔を上げたタケルちゃんは、真っ赤な目で「今ちょっと考えてたんだ」と言った。

「なにを?」
「このまま…カケオチできないかなって」

それを聞いて私は驚いてしまう。
まさか。まさか、タケルちゃんからそんな言葉が出るなんて。

「…今ひっしで考えてみたけど、どうすれば出来るのかわかんないんだ」

アオイちゃん、カケオチの仕方知ってる?タケルちゃんは大きな目に涙を溜めながら訊ねる。
タケルちゃんの考えはいつだって私の気がつかないところにある。でもそれは本当に子供のような純粋な考え方で、世の中の定理なんか一切無視したものなのだ。そして不可能なことばかり。
だから彼の言う「カケオチ」だって、絶対に、出来やしない。

「ねえタケルちゃん」
「…俺のこと馬鹿だって思った?」
「違うよ。でもね、それ恋人同士がすることなんだよ」
「知ってる。俺だってそれくらいわかってるよ」
「じゃあなんで駆け落ちなの」

私とタケルちゃんは恋人同士なんかじゃない。でも友達でもない。
…それならば、なんだ?
なんだと言うのだ。私たちは一体。

「俺が、アオイちゃんのこと好きだから…」

溜まっていた雫が、次から次へと出てくる涙に押されてとうとう流れ落ちる。タケルちゃんの涙は恐ろしいくらいに綺麗だった。
私は目を伏せた。
タケルちゃんの思いは。言われなくたってわかっている。

「私だって好きだよ。今更そんなこと言わなくたってタケルちゃんもわかってるでしょ」
「じゃあどうしてもう一緒にいちゃいけないの?」
「それは…」
「好き、なのに?二人とも?」

私はなにも答えることが出来なかった。
親とか家庭の事情とか、そういうのに縛られて私はこの街を離れていくけれど、それはタケルちゃんにとって何も関係のないことなのだ。タケルちゃんを束縛するルールは何もないはずなのに、どうして彼が悲しまなくちゃならない。

「俺、なんでもするのに。アオイちゃんが傍にいてくれるならなんだってするのに…」

タケルちゃんの声はだんだん小さくなってしまって、語尾の方はバスの振動音に掻き消されそうなくらいに弱々しかった。彼の顔が悲しみに歪む。ぽとりと大粒の涙がズボンの膝の上に落ちて、大きな輪の模様を作る。
タケルちゃんは涙声で言った。嗚咽を押し殺しながら必死で言った。
アオイちゃんが好きでしょうがないんだよ、と。


―――ねえどうして彼が、悲しまなくちゃならないの?


「タケル、ちゃ…ん」

急に視界が暈けたと思ったら、どうやら私まで泣いていたらしい。
二人の嗚咽が切なく重なり合って車内に響く。
前にいる運転手さんは気づいているのだろうか。振動音に混ざる二人の悲しい子供の泣き声に。

タケルちゃんの肩越しには私の生まれ育った町並みと青い青い空が流れている。
その中で私が一番好きだったのは、タケルちゃん。
大好きだった。好きでしょうがなかった。

でももう彼は、私の目には映らなくなるのだ。

「ごめん、ね…」

震える唇が紡ぎだした私の言葉に、タケルちゃんは黙って頷くだけだった。



空港に着いてロビーを進む間、通路の窓から大きな空が見えた。
巨大な飛行機が空に飛び立っていく。タケルちゃんはそれを見ながら少しはしゃいでいる様子。

「あの雲、羽根みたいだね」

ふと、タケルちゃんが空に浮かぶ雲の一帯を眺めながらそんなことを言う。
私はタケルちゃんの目線の先に視界を定めた。するとそこに広がっていたのは、真っ青な空に広がった巨大な雲の群れ。まるで翼が空に描かれたみたいな澄み渡る景色だった。

「ほんとだ、羽根だね」
「あんな綺麗な雲、俺、初めて見た」

タケルちゃんは笑っているのだろうか。
空を見上げたままのタケルちゃんの顔は私には見えない。けれどきっと、彼は嬉しそうに笑っているはずだ。だってこの空が大好きなんだもの。

「あの羽根の向こうに、アオイちゃんは行くんだね」
「…そうだよ」
「きっと、楽しいね。あんな綺麗な空に行くんだもん。楽しいに決まってるよね」

うん、と、私は頷いた。きっと楽しいよって。笑って。



飛行機の中でも私はずっと窓の外に広がる羽根を眺めていた。今頃タケルちゃんも地上で同じ羽根を眺めてるんだろうなと思いながら。そうすればきっと、悲しくなんかない。
もうすぐ私は羽根の向こうに隠れてしまう。タケルちゃんが大好きだった空に吸い込まれて消えていく。
最後の最後まで、私はタケルちゃんにとって「大好き」で在れただろうか。

聞いたって声は届かないし、私の顔だってもうタケルちゃんの目には映らない。映らない。
作品名:彷徨する瞳 作家名:YOZAKURA NAO