消化器達
紗恵は家の電話で不満をぶちまけていた。
「もう、お兄ちゃんってばほんとつまんないのよー!」
かれこれ二時間半ほどの長電話である。電話の相手は小学校からの幼馴染で、学校でもよく話す男子だ。
『紗恵ちゃんはお兄さんがほんとに好きなんだねー』
「な、なんでそんなことになるのよ!」
『文句があるってことはさ、その人に自分の望むような人になってほしいってことでしょ? それは好きでないとできないことだよ』
紗恵は頬をふくらませる。
「言ってることよく分かんないけど、すごく勘違いされてる気がするっ」
『まあまあ』
含み笑いをしているような声に、紗恵は慌てて話題を変えようとする。
「そんなことよりさぁ──」
そこまで言って、紗恵は自分の体の異変に気付く。そう言えば、兄と一緒に焼き芋を食べたのだ。来るべきものが来たとしか言いようがない。
「あ、ごめん、お母さんが呼んでる。電話切るね」
『はいはいー』
うそであるのだが、全てを承知したような調子で返答がくる。
「またね」
紗恵はそれに気付かず電話を切った。そしてそのままトイレに向かった。
紗恵の家には一つのきまりがある。放屁はトイレですべし、というきまりだ。
放屁、それは人にとって、ちょっとマナー的にけしからん行為であり、誰にも知られずにこっそりほっそりするものである。だが大腸にとっては大仕事であった。
「我輩っ、パンッパンッであるぞ。良いか、パンッパンッであるぞ!」
大腸では食物繊維など、小腸までで消化されつくさなかったものが発酵し、ガスを発生させる。特に繊維分の多い芋などを食べた場合は顕著になる。
小腸が迷惑そうな声で言った。
「大腸、狭いよ。どうにかならないかい?」
「パンッパンッであるぞ!」
「聞いてないようだね……」
膵(すい)臓が大腸を応援している。
「頑張れよ、大腸の旦那! ヒ・ヒ・フーー! ヒ・ヒ・フー!だ!」
「フゥーハッハッハッハ! それは違うのではないかな!?」
「パンッパンッであるぞ!」
大腸はそう言った後、ふぬぬぬぬ、と何かをこらえ始める。
消化器官達が見守る中、大腸は、ふはぁ、と声をあげて一気にしぼむ。消火器達から歓声があがった。
「ふくらみに耐えてよく頑張った。感動した……」
小腸が広くなったスペースでゆったりしながら言った。
「我輩、しぼんだのであるぞ……」
大腸はどこか、寂しげであった。
「みんな、お疲れ様、ね」
十二指腸はニッコリと笑った。
消化器達が大喝采をしている時、一方の紗恵はと言うと。
「わぁー、今日のご飯はカレーだ!」
テーブルの上の晩御飯にはしゃいでいた。
既に兄と父親はテーブルについている。父親は新聞から少し顔をあげ、ちらりとだけと紗恵を見た。はしゃぐ紗恵に向かって、兄は、ニヤ、と笑った。
「カレーではしゃぐなんて、まだまだガキだなぁ」
「お兄ちゃんも好きなくせに」
ふん、と兄は顔をそむけた。
「ウルセー」
「まあまあ、そんなに喜んでくれるなんて、お母さんも頑張って作った甲斐があるわねぇ」
母親が嬉しそうに言って、台所から戻ってくる。新聞を広げて呼んでいた父親が新聞を畳み、背中とイスの背もたれの間に挟む。
「いただきまーっす」
紗恵は嬉しそうにスプーンでカレーをすくい、口に運ぶ。かんでは飲み込み、かんではのみこむ。カレーは食道を通って次々と胃に運ばれていった。