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Still Dreaming

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茜色に染まったバスケットコートと、よく二人で走り抜けた帰り道。
終わりを知らなかった、強さの意味。

何のために戦っているのかさえわからなくなった少年に、
いつだってそっと微笑んで、手を伸ばして…。

もう少しでその指先は届きそう、なのに。

夢 は 、 い つ も そ こ で 終 わ る 。





  [ Still Dreaming ]





「まさみ」

バスケットボールのバウンドした音に混じって聞こえる自分が好きだった声。

絵里。

幼い瀬戸雅巳は笑って振り返る。まだ小学四年生だった自分だ。片手にはバスケットボール、場所はお気に入りだった公園のコート。古くさび付いたフェンスの向こうには大好きだった幼馴染みの絵里がいた。

「今のすごい!まさみ、バスケじょうずになったね!」
「あたりまえだろ。毎日練習してるんだぜ!」

ひどく懐かしいこの光景は今までに何度も見たことがあった。
―――夢の中で、だ。
そうか自分は夢を見てる。雅巳は悟った。

「俺は将来、プロのバスケ選手になるんだ!」

煌々とした瞳で強い信念を抱きながら少年はそう言う。

「ほんとに?」

絵里の輝いた瞳に幼い雅巳は大きく頷いた。そうやって頷けば絵里はきっと笑ってくれる。それを雅巳は知っていたから。

「もう遅いから帰るぞ」
「うん。お母さんにおこられちゃうね」
「怒られたら"いえで"しろ。そしたら俺んち来いよ」
「まさみもおこられたら、いっしょに"いえで"しようね」

そう言って手を繋ぐといつもの帰り道を二人で笑い合いながら走った。
けれど雅巳が一番覚えているのは絵里が死んだあの日のことばかりだ。
消えてしまった絵里の家を見て立ち尽くすことしか出来なかった少年。絵里が死んだとき自分は何をしていた?絵里が未来を閉ざしたとき、自分は―――…

「雅巳」

夢の終わりに近づく頃、必ずその優しい声は聞こえる。泣くことも忘れていた雅巳にいつも差し出される手。それに触れようと精一杯手を伸ばすけれど。



●○●



時刻は朝の六時半を過ぎていた。鳴り響く目覚まし時計を止めて重い身体を起こす。ぼうっとする感覚に少し自嘲して雅巳は一つ深いため息を吐いた。そしてまただ、と。何度も見てしまう同じ夢を思い出す。

「いつまで引きずってんだよ…」

松崎絵里。雅巳の幼馴染みで、彼が本気で好きだった人。
優しくて綺麗な子だった。昔からどこか他人を引き付けない雰囲気を持っていた雅巳にとって、いつも一緒にいたいと思えるほど絵里とはとても仲良しで。生きていたら今だって大切にしていたに違いないだろう。

けれど。

(もうあいつは、いない)

雅巳は部屋のカーテンを開けてガラス越しの空を見上げた。天気が良い。今日はきっと暑くなるだろう。七時からは部活の朝練があるため、ゆっくりしている時間はなかった。既に六時半を過ぎているので、このままでは到底間に合いそうもない。遅刻は確実だとわかっていても一応バスケ部の部長として雅巳は学校への支度に取り掛かる。



―――絵里。幼い頃の遠い記憶。
自分がどれほど「絵里」と名前を呼んだのかわからない。けれど絵里は名前を呼ぶたびに、なあに、まさみ、と雅巳の顔を覗き込んだ。あどけない笑顔を浮かべるその人が雅巳は本当に好きだった。

絵里が死んだのは雅巳が小学四年生のときの冬。絵里の家は一家心中したのだ。理由なんて知らない。理由なんて、ありすぎた。絵里の家は生活が苦しかったのだと後で聞いた。幼かった雅巳にとってそれはよくわからなかったけれど、一つだけわかっていたのは大切なものを守れなかったということ。
絵里がすきだった。あいつのために、俺は笑えたのに。


「瀬戸?」

いつのまにボールを出す手が止まっていたのか、怪訝そうに名前を呼ぶ同級生の安西の声に雅巳ははっとした。

「どうかしたか?」
「…なんでもねぇよ」

ドリブルすればよく響くボールの音、、、この音は昔から知っている。幼い頃からバスケットをしてはプロを目指していた雅巳だから。
絵里は雅巳のやるバスケが好きだった。雅巳も絵里のためにバスケをしていた。

『俺は将来、バスケ選手になるんだ―――』

そう言ったのは何のためだったか。

(あいつの、ためだった)


「なあ、瀬戸?」
「なんだよ」
「たまには俺と1 on 1でもしない?」

雅巳は安西の突然の提案に少し驚いた。安西がそんなことを言うなんてことは滅多にないのに。

「悪いが、今日はそういう気分じゃねぇ」

朝から安西と試合をするほど元気はない。安西はスピードプレイが得意なポイントガードで、それなりの試合になることはわかる。だからと言って別に負けると思っているわけではないが。

「珍しく逃げる?」
「…ケンカ売ってんのかテメェ」
「そんな機嫌悪い声出さなくても。ちょっと言ってみただけだって…」

高校に入学してバスケ部に入った。バスケは昔からやっていたし、それなりの実力だって持っていたから、バスケの名門と呼ばれるこの高校でもすぐにレギュラーの座を獲得した。誰にも負けなかった。誰よりも強いと信じきっていた。必死だった頃もあったし、バスケを捨てたくなるほど悩んだときもあったけれど、いつも絵里がいたから辞めずにすんだ。だから今は―――

「俺と試合なんて、簡単に出来ると思うな」

今は、バスケに勝つことなんて当たり前で。
あの頃とは違うのだと絵里は知らない。死んでしまった、から。



●○●



「俺は将来、バスケ選手になるんだ!」
「ほんとに?」

―――繰り返される、夢。

バスケが上達しなくて、どんなに練習してもうまくいかなくて、もうダメだと思った。幼い頃はバスケが怖かったのだ。夢だけは大きくて届きそうにないと思っていた。
夢はプロのバスケ選手になること。そう言い切ったのは絵里のためだ。自信を持てば絵里が喜んでくれるから。

「がんばって、まさみ」

絵里は雅巳の練習姿を見ていつもそう言って笑った。だから雅巳は必死に頑張った。絶対に負けないと心に決めて誰よりも強くなろうと、どんなときだってバスケの練習に励んだ。頑張れば絵里は笑ってくれる。

「雅巳」

不意にあの声が聞こえて。そこで、この夢は終わった。



●○●



絵里の夢を見た日は一日中体が重く感じる。最近は頻繁に見るから尚更で、部活中なんかは特にひどかった。バスケをしていれば嫌でも夢のことを思い出してしまうから。
思い出したくないのに、忘れてしまいたいのに。でも本当は、忘れたくない、ひと。


―――八年前。絵里が死んだあの日、絵里は自宅で家族と心中した。ガス爆発による自殺。もちろん絵里の家は炎に包まれて、その勢いは凄まじいものだった。
絵里が母親の腕にしがみついて死んだとき雅巳はバスケットコートにいた。絵里のことを思ってバスケの練習をしていたのだ。自分と絵里の夢を叶えるため、絵里のいない未来のために。
絵里が死んだと聞かされて彼女の家に行った時、そこにはなにもなかった。よく遊びに行っていた家は消えていて、炎に包まれたときの焼き後だけが残っていた。
作品名:Still Dreaming 作家名:YOZAKURA NAO