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てっしゅう
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「夢の続き」 第四章 真一郎の死

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第四章 真一郎の死


昭和20年3月10日日本陸軍記念日にあわせるかのように、日付が変わった未明に東京の下町深川からアメリカ軍の空襲が始まった。これまでとは違い低空飛行で飛ぶ爆撃機B-29の機体から落とされた爆弾は木造家屋を延焼させるのに効果的な焼夷弾であった。折からの強風にあおられて街はあっという間に火の海となり、爆風は風速100メートルと計測されるほど強く避難する住民を容赦なく襲った。

川に飛び込んだ人も多数いたが、凍るほどの低温だったために火は免れても凍死する人が続出した。10万人とも数えられる被害者を出して空襲は終わった。
何とか命からがら逃げ切れた大山の両親だったが、住宅は完全に消失した。片山家とても同様であった。日本軍部は次には本土決戦になると考え、甲種、乙種だけでなく動けるものは丙種合格の男子まで徴兵し始めた。

火傷で左手が不自由だった大山信夫にも召集令状が来た。空襲の後始末も進まない中で着の身着のままで信夫は両親に見守られながら出征をした。旅立つ一週間前に諏訪を訪ねて病床にあった真一郎を見舞った。

「真一郎、俺にも召集令状が来たよ。来週には出征をする。空襲で焼けて何もかも失ってしまったが、ここに疎開させていた千鶴子が元気でいてくれるだけで俺は嬉しい。早く病気を治して千鶴子を幸せにしてやってくれ。俺は多分・・・帰れない」
「お兄様、何と言う不吉なことを。戦争は必ず終わります。生き延びて昔のようにみんなで頑張ってゆきましょう」
「千鶴子、そうだな。そう考えないといけなかったな。真一郎、話せるか?」

小さい声で呟くように話し始めた。

「信夫、おめでとう。立派に戦ってきてくれ。俺のことは心配するな。必ず元気になってみせる」
「そうか、その意気だ。俺も安心して戦地に行ける。去年サイパンが陥落して、日本軍は防波堤を無くしてしまった。空襲もそのせいだ。残された兵隊で本土決戦とか東条首相は言っているようだが、ばかげてる。もうこの国に残された体力はない。真一郎も同じように思うだろう?」
「たとえそうであっても妻や子供や家族のために戦わないといけない。すまんな、俺がこんな身体になったためにお前が行く羽目になって」

「違うぞ。お前が元気でも俺には召集が来ただろう。もう日本には食べるものから、鉄や石油などの資源も、そして兵隊までも足らなくなっているんだ。こんな状態で連合軍に勝てる訳がない。陛下もきっと同じだと思われるけど、俺は国のために、残された千鶴子や秀和のために明日の希望となる」

あんなに戦争に反対していた兄の言葉とは思えなかった。千鶴子は悲しさを通り越して兄に対して畏怖の念すら感じていた。真一郎と千鶴子に別れを告げ、数え5歳になっていた秀和を抱き上げて、「お母さんを守るんだぞ」そう言って涙した。

真一郎のときとは違い、舞鶴から出る輸送船は残されていなかった。鉄道で陸路を乗り継いで信夫は鹿児島まで移動した。本土防衛の最後の砦となっていた沖縄では、アメリカ軍の上陸作戦に現地調達兵を加えた日本軍12万人(民間人を含む)が応戦していた。島に渡ったら二度と戻れないと言われていた沖縄に信夫は出発した。

各地で日本軍は圧倒的なアメリカ軍の火力の前に敗退し、残された師団は玉砕を敢行した。「生きて虜囚の辱めを受けず」という軍規に従って、民間人の女子供までが敵の集中砲火の前に散っていった。20年6月に事実上沖縄はアメリカ軍の手に落ち終戦した。奥地に逃げ延びていた民間人とともに傷ついた信夫は自決の日をみんなで諮っていた。いろんな意見が出る中で、アメリカ軍に投降するする者を罰しないと言う事が決められた。軍人の全ては自刃して果てた。民間人も殆どがお互いに刺し違えて自刃した。目の前で行われた行為を見て動くことすら叶わなかった信夫に一人の兵士が伝言を伝えた。

「お前は俺たちの死を生きて後世に伝えてくれ。誇り高き日本人の有様を語り継いでくれ。それがこの無念を救う残された方法だ。解ったな、大山信夫!」
「分隊長殿・・・自分は無念です。同じように行かせて下さい!まずはこの首から切り落として下さい」
「何を言うか!今言っただろう。誰かが伝えなきゃいけないんだ。苦しいだろうが堪えろ」

そう言い残して、みんなのところへ戻っていった。涙が止まらなかった。信夫は天皇陛下のために死のうとは思わなかったが、これまで短い時間ではあったがともに戦ってきた戦友と運命を共にしたいと強く思っていた。


貴史と洋子は案内された奥の間で二人だけになった。並べて敷かれてあった布団と枕を見ていよいよなんだと洋子は胸を高ぶらせていた。

「洋子、話がある。怒らないで聞いてくれ」貴史は奥側の布団に座って話し始めた。
「なに?」
「ああ、座れよ。おばあちゃんのところの帰りに洋子の家に行ったとき早く帰っただろう」
「うん、がっかりしちゃった」
「正直言って、怖かったんだ」
「何が?私のことが?」
「違うよ。その・・・することがだ」
「なんで?男の人って好きなんじゃないの?」
「誤解だよ。お前とは小学校のときからずっと一緒に遊んできただろう。兄弟みたいだって言われてきた。中学三年のときキスして逃げ帰った後、後悔したんだ。もう仲良く出来なくなるって」
「もう後悔なんかしなくていいのよ。私たちは恋人同士なんだから」
「そうだな。でもな、俺の気持ちの中ではお前はかけがえのない友達だし、大好きな女なんだ。失いたくないんだこの気持ちを・・・」
「失わないよ。もっと強くなるって・・・母もそう言ってくれたよ。女は好きな人と結ばれるのが一番って」
「もっと大人になってからではダメか?」
「今日はイヤって言うこと?」
「うん、洋子のことは好きすぎるぐらい感じてる。細かいことまで気にしたり、嫉妬が強くなったりしそうで、イヤなんだ。魅力がないって言うことじゃないよ」
「私は貴史から嫉妬されても構わないよ。むしろ嬉しい。他の男子とは親しくなんかしないから安心して。あなたに愛されているという実感が欲しいの」
「初めてなんだ・・・上手く出来ないかも知れない」
「そんなことお互い様よ。これ、母が持たせてくれたの。使って・・・」
「洋子・・・」

囲炉裏のある居間で美枝と麻里はテレビを見て話していた。
「お母さん、貴史さんたち仲良くしているかしら?」
「そうね、若いから楽しみでしょうね」
「お母さんは、再婚考えたことはないの?」
「何を急に言い出すの。こんな年で誰が貰ってくれるのよ」
「ううん、今は熟年離婚が多いから、探せばきっと見つかるわよ」
「ありがとう・・・母の世話もあるだろうから、いいのよ。寂しくなんかないの、寂しくなんか・・・」

麻里には寂しそうな表情に見えていた。

翌朝目が覚めた洋子は、となりに貴史がいることを幸せに感じた。毎日でもこうしていたいと貴史の顔を見てそう思った。

「おはようございます。昨夜は良く眠れましたか?」洗面所で顔を合わせた美枝にそう聞かれて、
「はい、ありがとうございます。熟睡できました」
「そうでしたか、洋子さんも嬉しかったことでしょうね」
何か意味ありげな言い方でにこっと笑って見せた。