かわいそうなお姫様
闇のトワレを身に纏い、娘は王子様が眠る寝室に行きました。
話すことはできないのでじっと見つめていると、気がついた王子様は枕の下
からナイフを素早く抜き取り、娘の顔をめがけて振り下ろしました。
温かな血が流れ出しベッドの上に倒れる娘は、王子様に愛してくれるよう
頼みましたが、許されることはなく魔法のナイフを奪われ、ついには王子様の
手により深く胸を貫かれ、熱い深紅を散らしました。
喉から吹き上がる泡混じりの深紅を詰まらせ、娘は王子様の腕に掴まりながら
最後の声を吐き出す。
「どうして。あなたはわたしの王子様だと信じていたのに」
「お前は美しい。
でも、私の姫を手掛けたことは決して許されないのだよ。
穢れた心のお前はもう要らない、終わりだ」
娘を引きずりながら外へ追いやり、亜麻色の髪を引きちぎるかのようにして
ひと掴みすると血まみれの娘を海へ放り投げた。
それを見ていた姉たちは妹だった娘を抱き寄せて、切り裂かれた胸から溢れる
泡を泣きながらかき集めました。バラ色の頬が溶けて散るのを誰にも止められ
ません。悔しさから王子様を殺そうとナイフをかざした瞬間、地平線から昇る
赤銅の揺らぐ太陽に体を貫かれ、美しい髪も顔も燃えあがる。
慌てて深く潜り込む姉たちですが、海の中に射し込む光に背中を捕らえられ
青い背びれがめくれ悲鳴をあげながら散り散りに崩れて、ひとり残らず海の
藻屑となって消えてしまいました。
娘は泡となって弾けながら、空気に溶けていきます。
それを見ていた風の神様が人間でいられなかったかわいそうなお姫様を風の
妖精として迎え、美しい羽衣に包まれた娘はあの頃と同じ亜麻色の髪をなびかせ
叶わなかった恋をいつか遂げられるように、今でも空を漂い続けています。
自分を殺めた王子様を、探しながら。