柊生さんとぼく
02
僕が今住んでいる家は、近所で「神津御殿」と噂されるどでかい和風のお屋敷だ。どのくらいの広さかというと、歴史の教科書や資料集でよく見かける平安時代の貴族の邸宅を思い出してもらえるといいだろう。ちょうどあんな感じの作り。さすがに寝殿造りではないにしても。
正直こんなにご町内の土地面積を占めるのは、居候とはいえ「神津御殿」に住む身として申し訳なくなる。
しかしこのお屋敷の所有者、神津家の現当主で僕の伯父―――神津紫は少しもそう思わないらしい。
確かに父と離婚調停中みたいな母と親権の曖昧な僕が身を寄せるには助かっているが、こんな馬鹿でかい家だから神津の血を少しでも引く人間は伯父に甘えようとするのだ。
「あら、お帰りなさい恭介くん」
ディートが車庫に車を納めに行くのを待たず僕はふらふらと母屋の玄関のほうへ向かった。車でのディートとのやりとりで疲れが増幅したのだ。さっさと自分の部屋に帰って休みたい気分だった。
そんなくたびれた僕を見つけたのは、双子の叔母の片割れにあたる神津翠だった。見つかったのがこの人でよかった。この人の妹だったら、また余計に疲れるところだった。
年齢こそたしか四十代にかかるほどだが、薄化粧の顔は年齢を感じさせない淑やかさが漂うし、ふんわりとゆるいウェーブのかかった髪も品がある。全体に華奢で、雰囲気はどこか儚い。彼女の双子の妹であるはずの神津茜とは似ても似つかない。
何より神津家の中で比較的まともな感性の持ち主だった。それもそうか。この人と妹の茜叔母さんは、聞くところによると後妻の連れ子なのだそうだ。神津姓を名乗っているものの、実際には僕と血の繋がりはなく神津家の血は流れていない。
「……恭介くん?私の顔、何かついてるかしら?」
「えっ?」
くたびれた頭でそんなことを考えていたら翠叔母さんの顔をぼんやりと凝視していたらしい。僕は慌てて取り繕い、なんでもないです、と答えた。
「そう?……大丈夫?なんだかとっても疲れてるみたいだけれど」
「はは……いや、本当に大丈夫です」
ならいいけれど、とまだ少し心配そうな顔して納得してくれた。
それから思い出したように、言葉を漏らす。
「ああ、そういえば……蒼姉さん、今日は具合悪いみたいだから面会できないみたいよ」
「……そうですか」
幸か不幸か、今日は母さんのところへ行く気はなかったんだけども。
翠叔母さんは気の毒そうな顔になって、優しく言葉を続けた。
「恭介くん、いつも寂しい思いしてるでしょう…?私でよかったら、いつでも甘えていいのよ」
「ありがとうございます。でも、僕ももう今年で十五ですから」
「まぁ、十五歳なんてまだまだ子供だわ。でも恭介くんは偉いわね、しっかりして……うちの子も少しくらい恭介くんを見習ってほしいところだわ…」
後半はほとんど独り言のようだった。翠叔母さんは頭痛でもするような顔をしてため息をついた。未亡人で出戻りの翠叔母さんの十八歳になる息子。自分の子供がああなら僕が翠叔母さんでも頭痛がするだろう。いや、従兄でも十分頭痛がする。
「それじゃあ、私夕飯の用意があるから」
「あ、はい」
頭痛のする従兄の顔を思い出す前に、翠叔母さんは厨房のほうへ向かった。僕は軽く会釈してそれを見送る。
今度は誰にも捕まりませんように、とわけのわからないことを祈りながら離れの自室に再び足を向けた。