蕾を集まりゃ姦しや
「きょーうっのおっかずっはなーにっかなー!」
四時間目終了のチャイムを聞くと元気百倍になる勇希(ゆうき)。即興で歌創るくらいには。
「あ、起きたんだ」
おはよう。いや、おそよう?
「何言ってんだよ、ゆうきは最初(はな)っから起きてたって」
「へぇ……じゃあ、ノートに染み付いている沁みはなんなのかな?」
「えーっと……悟りを開いてたのさ☆」
「……あーそう」
もう、ツッコミは止そう。無駄な精神力を使うだけだし。
「食い終わったらノート見せてなー」
「やっぱり寝てたんじゃない」
「違うって」
往生際が悪いなあ……でもまあ、今更こう言ったとしても本人は直す気がないのだから意味はない。
確かに英語の授業は寝るには最適かもしれない。けれど来週に控えた期末テストで赤点なんて取ってしまったら、長くて楽しい夏休みは補習という素敵なイベントで潰されてしまう。
他の教科は何とかなるとしても流石に英語はね……。普段、全然まったくちっとも使わない語学のために眠たい授業も寝ずに頑張る自分としては、楽天的な勇希が羨ましい、なんてときどき思ったり思わなかったり。
そんな勇希は可愛らしい犬の絵のプリントが施された巾着を解き、早早とお弁当箱を広げている。
うん、明るいし可愛いし行動力あるし、確かに同級生とか先輩とか後輩に人気があるのは分かる。でも授業中によだれ垂らしてるってことを知っているのだろうか……。
「なースピカ」
「なに?」
「そのオクラ食べてやるから玉子焼き食ってくれね?」
「別にいいけど……。玉子焼き嫌いじゃなかったよね」
「玉子焼きは塩って決めてんの」
「甘くて美味しいのに」
「えーそんなの玉子焼きじゃなくてスポンジケーキだっつの!」
玉子焼きに砂糖派は私と旧知の範(はん)ちゃん、おじさんと藩ちゃんの弟の貫兵衛(かんべえ)君。そして勇希も塩派に入る。
少し前まで、範ちゃんは泣く泣く塩入りの玉子焼きを作っていたらしいんだけど、最近は砂糖に変わったらしい。別に私は塩でも食べられないことはない。って言ったんだけど、それから毎日玉子焼きには砂糖が入っている。
二人はそれでいいの? って聞いたら青い顔のまま笑顔で頷いてくれた。本当に微妙なリアクションだった。なんなの。
そして私はオクラが苦手と言うか嫌いだったりする。他の野菜は平気なんだけどオクラは……何か、美味しくない。ネバネバしてるし。良薬は口に苦しって言うけれど、オクラもそうだと思う。
たまに勇希が玉子焼きと交換してくれるので助かっていたりする。
(ごめんなさい、範ちゃん!)
(勇希のお父さんは甘党らしくてそのせいで卵焼きはいつも砂糖入りになるらしい)
「来るな」
「うん、来るね」
唐突な勇希の発言はいつものこと。そして地響きにも似た轟きが聞こえてくるのもいつものこと。そしてその轟きが二重奏で教室のドアの前で急停止する、これもいつものこと。
「あ゛ー! 何もー食ってんだよテメー等!」
眼つきの悪い半眼瞳孔開きの茶髪と、金髪に赤のメッシュが予想通りに飛び込んできた。さっきの声の主は前者のものだ。
「お前らが遅いからだろー」
「確かに今日はちょっと遅かったね」
「今日はツイてないよー。社会のハゲジジィが無駄話始めやがってさァ」
「あーうるせぇうるせぇ」
ずかずかと教室に入ってきた、金髪の赤メッシュもとい慶次(けいじ)と話しているのは、悪友(らしい)近江(おうみ)って言う奴。見かけと違って結構馬鹿、らしい。
二人は近くにあった椅子を引っ張って同じく弁当を広げる。他の生徒は大半が食堂に行っているけど、弁当持参なのは私達だけじゃない。けど何故か、教室の隅のほうでこちらを傍観している。
……まあ、分からないでもないけど。
「あれ、慶次。今日はお弁当じゃないんだ」
「うん、昨日からかーさんが出張してる父ちゃんのとこに行ってるからさー」
「それだけで足りる?」
「どうだろーまぁ別に足りなかったら購買に行けばいいしさー」
「じゃあ、これあげる。はい、」
あーん、なんて。
「…………(眉間に皺)」
「? あーん。……おいしー」
「このミートボールは同居人のお手製でね。私も好きなの」
「ありがとー」
「とりあえず死ねゴラァ!」
「なんでぇぇぇ!?」
「お。はーじまったはじまった♪」
自分で作ったわけではないけど、褒められればやっぱり嬉しい。
二人で笑っていると、隣に座っていた近江が何故か慶次の首を絞めはじめた。勇希は止めようともせず『やっちまえー!』とか熱い声援を送っている。いつものことだけど止めないと本当に息の根を止めそうだったので、とりあえず制止に入った。
……賑やかなのはいいことなんだけどね。