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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『消えた砂丘』  6 (完)

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『消えた砂丘』


    6


鬼沢は、今日も石地蔵の前にしゃがみ込んで煙草を燻(くゆ)らせている。 

黒井親子による六十年の長期に亘る驚くべき恐喝事件も一通り解決した。
黒井父は高齢と永年の病が祟り、息子玄太郎の留置後間もなく息を引き取った。
現在収監中の玄太郎も、暫くは娑婆の空気を吸えまい。
一方、鬼沢の思惑通り、桜田市長は執行猶予で納まった。

目出度し、目出度しと言いたい処だが、鬼沢の場合はそうは行かない。

相変わらず、百合子殺害の真犯人が誰だったのか、気になって仕方がない。
とっくの昔に時効成立している事件と割り切ればよい筈だが、胸のモヤモヤが消えない。それを、なんとか取り除き、スッキリした気分に浸りたいのである。

こうなると、仕事とは全く無関係の、只の個人的感情の問題となって来る。

今回は得意の推理を働かせても、堂々巡りで終わってしまう。
どうにもならない、この遣る瀬無さを解決してくれるのは、矢張り、あの人物だろうか。

そんな事をぼんやり考えていると、又又、噂をすれば何とやらで、その人物に、突然背後から声を掛けられた。
鬼沢はびっくり仰天、すんでの処で尻餅を突くところだった。

「鬼沢さん、お久し振りです」
「やあ、野々宮さん、全くお久し振りで」

振り返って見る。
野々宮の顔色が良くない。
どこか、具合でも悪いのだろうか。

「黒井達の恐喝事件も解決したようですね。良かったですね」
「いやあ、その節は野々宮さんにも色々ご協力戴いて」
「少しでもお役に立てれば」
「いやあ、大変助かりましたよ。正直言って」
「そこまで言われれば光栄です」

立ち上がって、改めて見る野々宮の顔色は矢張り良くない。
「野々宮さん」
「はい」
「どこか、お体の具合でも悪いのですか、顔色が」
「ええ、一寸・・・。この石地蔵もスッカリ有名になり花が絶えませんね」
野々宮は話題を変えた。
「そうです。私も必ず持ってきます。百合子ちゃんは、もう此処にはいませんが
お地蔵さんへあげるために」
「そうですか。ところで、報道によれば犯人があがったそうですね」
「そうです。飯岡組という地元の暴力団なんですよ。只、百合子ちゃんの方が未だ」
「えっ、桜田さんじゃないんですか」
「そうなんです。桜田さんの鉄砲が出て来ましてね。不発だったんですよ」
「不発、。そうですか」
野々宮の顔色が益々青ざめている。
「一寸これで失礼させて貰います」
「えっ」

驚く鬼沢を後に残して、野々宮はそそくさと立ち去ってしまった。
余り突然のことで、鬼沢は呆気にとられている。
しかし、一瞬後には鬼沢の目に濃い疑惑の色が滲んでいた。

それから数日して、鬼沢宛に一通の封書が届いた。
差出人の名を確かめて、鬼沢は「矢張り」と思った。
中身に目を通す。

鬼沢様
先日は大変失礼致しました。
気が動転し、前後の見境も無く、失礼な行動をとってしまいました。
深くお詫び申し上げます。
実を申せば、六十年前のあの日、百合子を追って私も砂防林へ入ったのです。
しかも、手製の鉄砲を持って。
そして、軍隊用語の「匍匐前進」を頭で唱えると藪の中に潜り込み、小松の梢で頻りに囀っている百舌鳥を狙って引き金を引いたのです。
予想を上回る轟音と共に、藪の外で何かの倒れるような音を聞きました。
何だろうと思い、藪の外へ這い出ようとした時に、桜田さんの姿を見たのです。
何故か、出て行くのに躊躇を感じ、様子を見ていたら百合子の血だらけの姿が目に入り、驚いてその場に竦んでしまったのです。
その後の桜田さんの行動、後から現れた黒井の様子、総て観察しておりました。

ところで、この六十年、私の胸中に常に蟠(わだかま)っていた問題があります。それは、一体誰が百合子を撃ち殺したのか、と言う事です。

自分か、それとも桜田さんか

もし自分の鉄砲で、大好きだった百合子を殺してしまったのだとしたら、と考えると
居ても立ってもいられない思いに襲われながら、この六十年を過ごして参りました。

鬼沢さんのお話で、今ハッキリしました。
桜田さんの鉄砲は不発だったのです。

例え、過誤とは言え、人を一人殺した罪は重く、当然償わねばなりません。
私なりに熟慮の末、或る結論に達しました。
妻に先立たれ、一人残されたわが身も老い先短く、更に医者の宣告を受けている身故今更何も悔いる事はありません。

願える事なら、あの美しかった広い砂丘の何処かに、静かに埋もれて眠りたかったのですが、今はそれも叶いません。
ご面倒お掛け致しますが、どうか私の勝手をお許し下さい。

野々宮 拝

追伸:工事現場の杭を動かしたのは私です。
   桜田市長の汚職事件を知った時、少年期の桜田、黒井の性格から恐喝の存在
   を疑ってみたのです。百合子の白骨死体が表沙汰になれば恐喝が明るみにで
   るかも知れないとの一縷の望みに賭けてみたのです。
 

数日後の早朝、防潮堤のジョギングロードを散歩していた夫婦連れから110番通報があり、駅前の派出所から若い巡査が自転車で飛んで行った。

狭い浜辺の波打ち際に年老いた男の水死体があった。

コートのネームには「野々宮」の刺繍がしてあった。

          


                                完