『待ち伏せ』
美奈子は自慢の長いおさげ髪をいじりながら、いつもの場所で彼を待っていた
のどかな田圃の真ん中の、小さなバス停で
2人が出会った最初の場所で
今日こそかの君は現れるでしょうか
美奈子は毎日ここであなたを待っております
二言三言しか交わしたことは御座いませぬが
あなたの真っ直ぐ前を見つめるその横顔に、一目惚れしてしまったのです
大きな黒目を縁取る艶やかな睫毛
日焼けしてがっしりとした身体
目の前のまだ青く若い稲苗が光を受けてきらきらと波打つ
目をこらしてみても畦道の先に
人影は見当たらない
嗚呼、どうしてあの時声をかけていれば
こんなに後悔することはなかったのに
私、ただただ恥ずかしくて俯くことしか出来ませんでした
女子から声をかけるなどはしたないことでしょう?
あなたの横顔が美しすぎて
正面から真っ直ぐ見つめることすら出来ませんでした
ほんの少しの勇気があれば、私の人生は変わったのかもしれません
私は明日隣町の青年に嫁ぐ運命
せめてその前にもう一度お顔を見ることさえ叶わないのでしょうか
知っています、あなたに召集令がかかったこと
遠い戦地に行ってしまったこと
風の噂に聞きました
それでも私は…
「ねぇ、あの人はいつも何を待っているの?」
言った瞬間物凄い勢いで口を塞がれ、母親に引き戻されたので
少年はそれ以上追求してはいけないことを直感的に悟った
それでも気になって、ちらりと横目で彼女を見る
瞳の先、小さな老婆が白い髪をいじりながらちょこんとバス停に正座していた
少年には何を考えているのか理解は出来なかったけれど
うっすらと笑みをたたえ、前を見つめる老婆の顔は幸福そうに見えた