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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『消えた砂丘』  3

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小松の梢で囀っている百舌鳥を見付け、十分狙いをつけ引き金を引いたが、カチッと音がしただけで弾は発射しなかった。
再度狙いを付けて、引き金を引いた。

がーンという、予想外の音がした。
驚いて一瞬目をつむり、鉄砲を放り出してしまった。

何かが倒れる音に目を開くと、目の前に妹が倒れていた。

(自分が撃ってしまったのか)
(何故、妹が此処にいたのか)

信じられなかった。
しかし、血に染まった洋服を着て目の前に横たわっている少女は、間違いなく妹の百合子だった。

血だらけの、その小さな顔に手を当てた。
体温はある。

(まだ、生きている)

妹の体を抱き上げて立ちあがった。
よろめく足取りで砂防林の中を歩き始めた。

(早く、お医者に連れて行かねば)

林の外れまで来た時、妹の体温が下がっていることに気付いた。

(死んじゃったのかな)

その場に、妹を下ろすと、考え込んでしまった。

(死んじゃったら、お医者に連れてっても仕様がないだろう)
(それじゃ、どうしよう)

「仕方なく、掘りやすい所に埋めたんです」
「埋めた?」
聞き返す鬼沢に、頷いた桜田が咽び始めた。
肩や背中が激しく上下に揺れている。

鬼沢は、その様子を眺めながら、
「成る程。それで、あの白骨死体が妹さんのものと容易に判ったんですね。ところで、帰宅後親御さんには何とおっしゃったんですか」
「黙っていました」
この桜田の返答は意外だった。
「それで済みましたか。妹さんが外で遊ぶ時は、いつも貴方と手をつないでいた程でしょう。親御さんは、貴方が一人で帰宅すれば、当然妹さんのことを聞く筈でしょうに」
「・・・・・・」
桜田は、黙っている。
鬼沢が畳み掛ける。
「黙っておられては・・・。貴方は親御さんに事実を打ち明けたんではありませんか」
「・・・・・・」
「それに、衣服には妹さんの血も付いていて。到底隠し切れなかった筈ですが」

鬼沢は、桜田が母親に事実を告げたと思っている。
(何故、黙っているのだろう)

桜田が口を開いた。
「実は、母に話したのです」
「妹さんを誤って銃で撃ってしまったと」
「はい」

桜田が、再び机に伏して嗚咽を始めた。

少年のように泣く老人の姿を、鬼沢は遣り切れない気持ちで眺める。

(矢張り、母親を庇おうとしていたようだ。村中が行方不明の百合子を夜遅くまで捜し回ったが、すべて母親の狂言だったので。誤って妹を殺してしまったことが世間に知れれば、息子は一生妹殺しの汚名を着て生きて行かねばならない。それでは、百合子ばかりか、息子さえも不憫だと考えて、日頃子供達が帰宅する夕方になってから、百合子の失踪を騒いで回ったわけだ。
いずれにせよ、この事件は既に時効も成立しているし、これ以上騒ぎ立てる必要もない。ソットとしておいてやりたい。しかし、戸橋殺しの容疑者としては更に取り調べねばならない)

「ところで、桜田さん。親御さんは、この事を誰かに話ましたか」
鬼沢は、ひどい愚問だと承知して敢えて聞いている。
息子の秘密を庇うため世間を欺いた母親自身が他人に洩らす筈があろうか。
「いいえ、そんな事は絶対にないと思います」
「そうでしょうね」
鬼沢は、そう言いながら、また同様の質問を発した。
「それじゃ、貴方は如何ですか。いや、これも愚問ですかな」
照れる仕草でゴマ塩頭を掻きながら、その目は相手の僅かな反応をも見逃すまいと鋭く見守っている。

矢張り、表情に一瞬の変化が見られた。

鬼沢は、しめた、と思う。
(余程、育ちの良い人のようだ。世間の犯罪者が皆こうだと助かるのだが)

「貴方は話したのですね」
「いや、誰にも話していません」

桜田は強く否定した。

(成る程。自分からは喋っていないようだ。だが、形はどうあれ、結果的に他人に知られたとみるべきだろう)

「分かりました。貴方は口外はしていないでしょう。しかし、計らずも他人に知られてしまったのではないですか」

顔を覗き込まれるようにして、念を押されると、桜田は総てを打ち明けてしまいたい衝動に駆られた。
同時に、或る男の顔が脳裏に大きく浮かび上がった。

(自分は、それなりに一生懸命努力してきた積もりだ。その結果が、現在の地位、そして名誉だ。これは自分のものだ。それを総てかなぐり捨てろ、と言うのか)

苦悶と憤怒の二つの表情が交錯する様子を、ジッと観察していた鬼沢は、傍らの同僚刑事に目配せすると、取調室を出て行った。

自分の机に戻り、煙草に火を着けた。
(桜田の様子から察するに、矢張り戸橋に脅迫されたに違いない。妹殺しの秘密を世間にばらすと脅かされ、何を強要されたか判らぬが、賭博に凝っていた戸橋のことだから、所詮、金だろう。さて、落ちるのも時間の問題か)


                        続