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毒虫のさみだれ

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「──大抵よ、人は死にたいのに死ねねえんだよ。その一歩、ほんの一歩を踏み越えさせるってのは──本当に難しいんだ、これが。映画や漫画じゃないんだからさ、いざ死のうっつって死ねる人間ってのは結構少ないんだ。その背中を押すのはな──昔はともかく、今は俺の専売特許だ。生命保険欲しいんなら俺のとこだって、その筋の奴らまでが頭下げに来るんだぜ」
「やっぱり自慢にしか聞こえませんね」
「その『毒』がそっくりお前に遺伝した──っていう自虐話だよ、これは」
 何の因果か──って話だ。
 言って、椋司は一層剣呑な目付きになり五月雨を睨み付ける。
「──俺の言い付け通り、学校に行ってねえみたいだな」
「はあ……まあ、行く必要も感じませんけど」
「人の多いところにも行ってないんだな」
「人混みは嫌いですよ。酔っ払ったみたいになって、気分が悪くなります」
「ここの連中とも──浅い付き合いしかしてなくて心配だって、食堂の婆さんが言ってたぜ」
「あのお婆さんとはよく話をしているつもりですけど……他の、下宿してる皆さんとの付き合いは、そんなにないですね」
「──今朝方とっ捕まった、気の狂ったおっさんは、さあちゃんが『何かした』わけじゃあ──ないんだな?」
 ──毒を吐いたわけじゃ──。
 ──ないんだな。
「──さあちゃんの『毒』は、俺なんか比べ物にもならねえ猛毒だよ。耳を貸せば毒が回り、信じれば毒で死ぬ──俺は『死にたい人間の後押しをする』のが関の山だけどな。さあちゃんは『本当は死にたくない人間までその気にさせる』──『死んだ気にさせる』ってな具合の、猛毒だ」
 ──たった一言が致死量になるんだよ。
「だから──さあちゃんには、このままの暮らしを続けてもらうぜ。俺の目が黒い内はな。二十歳までにはまあ、少しは大人しくなっててもらいてえもんだがよ」
「……今でも十分大人しいつもり──ですけど」
「それが嘘じゃねえんなら重畳だがね」
 新聞──と。
 投げ遣りな口調で言い、隠し持っていたらしい新聞紙を放り投げてくる。
 うまく受け止められず手元に落としてしまう五月雨を見もせずに、椋司はもう用はないと言わんばかりの態度で立ち上がると、踵を返して部屋を出た。
 ──長時間はな、俺でもきついんだよ──。
 贖罪じみた響きの言葉だけを残して──軋む廊下を抜け、タイル張りの玄関へと向かう。その後ろ姿を見送ることもせず、五月雨は来訪したときと同じような唐突さで帰って行った祖父の置き土産に目を通した。
 今日の朝刊だろう。一面記事には政治家がどうの円高がどうのと、さして興味もない記事が並んでいる。ここを読めと言うかのよう、折り曲げて印までつけられたところを捲る──地方面、この新聞が配られている地域に限定した情報を主として掲載する部分だ。赤ペンで大きく丸印をつけられた記事に目を通す。ただでさえ扱いの小さい地方面の、更に隅に書かれた、些細な事件の記事だった。
 ──……日の未明、通行人が公園内のベンチに座っていた男に突如襲われるという事件が発生。
 ──男は数度に渡り被害者に殴る、蹴る等の暴行を加え、重傷を負わせた疑い。
 ──男は錯乱状態で、「俺は死んでるんだ」「死にきれないから俺をちゃんと殺してくれ」「もうそれしか助からないんだ」等と意味不明の言葉を口走っていた模様。
 ──当時近隣を巡回していた警察官によって取り押さえられる。
 ──取り調べに対しても意味不明の供述を続けるばかり──。
「──ああ」
 やっぱり──虫だった。
 薄氷の微笑みを唇の端に灯して、五月雨は満足げに一つ頷いた。
 ──惨めで哀れな虫だ。
 死にかけても尚周囲の人間に嫌悪される──虫。
 石田郡司容疑者と記載された文章から視線を外し──新聞を、部屋の隅へと放り捨てる。
 退屈な日常に変化はない。
 これから先変化が訪れる兆しもない。
 だが──きっと、仲間を探す喜びだけはあるはずだ。
 虫同士で出会い──共食いをするような出会いが。
「……ねえ、お爺ちゃん」
 ──私の『毒』は、
「ちゃんと効くよ」
 人間じゃなくたって、
 死にたくないと足掻く惨めな虫にだって、
 ちゃんと──『毒』は回った。
 窓の外から聞こえる喧噪。眩しい昼の陽射し。古びた下宿屋の、混沌とした自分の部屋。
 テレビをつけると、昨晩見ていた怪奇映画が垂れ流しになったままになっている。
 放射線に方向感覚を冒され、砂漠に向かい歩みを進める海亀の映像。
 行く先に希望があると盲信しながら、虚しく這いずるその姿に──五月雨は、すんなりと自分を重ねることができた。
 ──虫だ。
 這いずり、のたうち、醜く生きる──毒虫だ。
 ブウウ──ンン……と──。
 DVDプレーヤーが、低くこもった音を鳴らす。
 開け放ったままの窓から降り注ぐ陽光に双眸を眇める。ケロリンの洗面桶を被り直し、昨晩出会った地虫の行く末を何とはなしに夢想して──五月雨は、ひどく満足げに、だが微かに頷いた。
「人間は巻き込んではいけないけど──」
 ──不幸に負けた者ならば、
 ──惨めに這いずる虫ならば、
「死に逝く背中を押したっていい──『毒』の一滴で折れてしまうような心なんて」
 ──消えてなくなってしまえ。
 狭苦しい部屋の中央。
 がらくたの山に半ば埋もれたような姿で──。

 五月雨は、ひくつくような笑い声を漏らして、

「──みぃーんな不幸に、なぁーあ、れ──」

【了】
作品名:毒虫のさみだれ 作家名:名寄椋司