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てっしゅう
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「新シルバーからの恋」 第五章 破綻

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第五章 破綻


3月3日の水曜日悦子は直接大阪生命のビルに向かっていた。今日から保険の研修が始まるからだ。受付に教えてもらってエレベーターで研修のある部屋に着いた。コンコンとノックして中へ入った。同じ銀行の新人女性はすでに来ていた。悦子の顔を見つけると、ニコッと笑って、「こっちです、平川さん」と手招きした。

彼女の名前は竹田弥生。大卒の22歳。自分の娘より若いちょっとポチャッとした可愛い感じ。悦子の事はお母さんのように感じて居るだろう。隣の席に座って少し時間まで喋っていた。9時になって、研修初日が始まった。10人ほどいた受講生の紹介が始まった。前列左側から一人ずつ立って簡単な挨拶をした。講師が名簿を見ながら名前を呼び始めた。自分と竹田以外は大阪生命の新人だった。悦子の右前に座っている女性だけが同じぐらいの年齢に感じられた。

そしてその人の順番になった。

「次は法人事業部の中山美雪さん、お願いします」

中山美雪・・・悦子はハッとして食い入るように見つめた。
「初めまして。中山です。頑張りますのでこれからもよろしくお願いします」そう言い終えると、チラッと悦子の方を見た。同じぐらいの女性が居るな、というぐらいの気持ちだった。
そして竹田の挨拶が終わって最後の悦子が紹介された。

「最後になります。三友銀行フィナンシャル担当平川悦子さんです。お願いします」

「平川といいます。銀行の窓口担当になります。初めての保険業務なので自信がありませんが、一生懸命に勉強したいと思います。よろしくお願いします」
言い終えて美雪と目が会った。美雪は視線をしばらくそらさずにこちらを見ていた。

「この人が悦子さんなのね・・・こんなところで会うなんて」美雪の驚きは悦子の驚きでもあった。

新人研修は自社商品の説明だけでなく、応対の仕方や言葉遣い、立ち振る舞い、服装など細かい部分までレクチャーを受ける。自己紹介のやり方を学ぶために二人一組になって練習をした。組み合わせを入れ替えて何度もやる。悦子と美雪は向かい合う順番になっていた。

「初めまして、平川と言います。よろしくお願いします」
「初めまして、中山です。こちらこそよろしくお願いします」

マニュアルに従ってやり取りをして間違ったところは何度もやり直してゆく。昼の休憩を挟んで初日は午後3時に終了した。「お疲れ様でした。では明日もこの時間から始めますので遅れないようにお願いします」講師の言葉でそれぞれは解散した。

弥生は本社採用の正社員だったので、戻って仕事があると先に帰った。悦子は研修期間中は直行直帰で構わないと言われていたので、恵子に会ってから帰ろうと思っていた。

「平川さん、この後どうされますの?」美雪が話しかけてきた。
「中山さん・・・恵子と会って帰ろうと思っています。ここに居ますか?」
「ええ、多分。聞いてみましょうか?」
「ありがとう。お願いしようかな」

少し待って恵子が部屋に入ってきた。

「悦子!驚いたわ。あなたがここに居るなんて・・・美雪さんから聞いて知ったわ。何故言ってくれなかったの?」
「ゴメン、何もかもが初めての経験だから余裕が無くて」
「今から帰るところだったの?」
「ええ、そのつもり」
「少し待っていて。外に出ましょう。話すぐらい時間あるでしょ?」
「そうね、遅くなるのなら主人と一緒に帰るわ。近いし」
「そうね、三友銀行さんだったわね。あなたも入行したなんてすごいわ。保険の窓口担当なの?」
「うん、新京橋支店に配属されるの。初めての試みだから、しっかり勉強して来なさいって、言われたわ」
「ふ〜ん、ご主人まだまだ力あるのね。良かったじゃない、ともかく。さあ、行きましょう」

一人残された感じになった美雪は悦子に挨拶をして自分のオフィスに戻っていった。

恵子は直ぐ傍にあるカフェに悦子を誘った。
「この辺はこういうところが多いから助かるわ。商談とかやりやすいしね。社内で話すとどうしてもお客様が窮屈に感じられて早く切り上げたいって気持ちになってしまうのよね」
「そうなんだ・・・勉強になるわ」
「まあ、これでも保険に関しては先輩だからね」
「大先輩よ、恵子は。教えてもらいたいことたくさんあるわよ」
「なんだか嫌な言い方ね・・・お局みたいに聞こえるから」
「そうじゃないの?」
「違うわよ、これでも指導員やっているのよ。社内研修の時なんかは。嫌われていたら出来ないんだから。それより、美雪さんと話した?」
「挨拶程度ね。向こうも気にしていたように取れたわ」
「そうよね。複雑でしょうね。何を話していいのか・・・世間話からって言うのもしっくりこないだろうし」
「わたしからはっきりと話してみるわ。この研修が終わったら、一度ゆっくりと会って話そうと考えているの」
「大丈夫?悦子徹さんと気まずくならない?」
「恵子、徹さんとはもう会わないって決めたの。同窓会へは行くからその時には会うけどね」
「えっ?どうしちゃったの。喧嘩したの?」
「なんだかわたしが想っていた徹さんじゃなかったから・・・多分ね推測だけど、美雪さんと仲良くなって変ってしまったと思うの」
「聞かされたの?徹くんに」
「ううん、推測。でも間違いないわ。わたしなんかより若くて綺麗な美雪さんを選んだのよ。まあ、当たり前だけどね、男の人にとっては」
「それでいいの?悦子は。好きなんでしょ?ずっと想って来たんじゃなかったの?」
「そうよ、そのはず。気付かされたの・・・浅はかな夢だっていう事に。妄想だったのねきっと独りよがりな。主人の方が自分をもっと愛してくれているっていう事も解かったし、回り道したけど結果は良かったわ」

悦子のしっかりとした話しぶりに、恵子は安堵感を覚えた。美雪と出会って揉め事にならないか気にしていたから、なおさら嬉しく思っていた。


美雪は三月の出勤にあわせて何とか引越しを終えていた。駅の近くで分譲のマンションが見つかったのだ。建ってから時間が経っている建物だったが、駅に近いという事と、見晴らしの良い最上階という事で決めた。

ドアーのキーを開けて一人の部屋に帰ってくる。いつものように電気を点け、テレビを点け、湯張りをして、食事の支度にかかる。ソファーに腰掛けて悦子のことを考えていた。偶然とはいえ初めて接した悦子は自分より大人に見えた。年齢のことではない。徹の事は自分の方がきっと好いてくれているだろうと自信を持っていたが、落ちつきのある視線と余裕のようなものが感じられた。
「私の事で嫉妬しないのだろうか・・・もっと心が乱れるはずだが、どうしたのだろう」そんな問答を心の中で繰り返していた。

徹にメールをしようと携帯を取った。

「今日悦子さんに会ったの。会社の研修で、ご一緒だったのよ。これといって話さなかったけど、銀行にお勤めされるようだったわ。何か知っている?」
徹からの返信は、
「そう、何も聞いていないよ。ご主人の縁故で就職したんじゃないのか。それより今度いつ時間が取れるんだ?平日は難しいだろうけど、逢いたいよ」と書かれてあった。

徹に逢いたいのは美雪も同じであった。ここへ来てくれても構わないのにと、そう話したが、近所なのでダメだと言われてしまった。