『ダイエット』
「レイコ痩せたらもっと可愛くなると思うよぉ」
出た、女子の牽制トーク。
玲子は弁当のハンバーグをフォークでぶすりと突き刺した。
「えー、そうかなぁ」
適当な返事を返す。
香織は雑誌をペラペラと捲りながら、カレシがうるさくてさぁ、痩せたら服買ってくれるって言ってんのと付け足した。
昼休みの教室、いつもの風景。
男子は馬鹿話や猥談(ちょっと遠くて聞き取れないので、多分だけれど)に花を咲かせ、ゲラゲラと下品な笑い声を立てる。
女子は香水やヘアスプレーを撒き散らし、化粧を塗りたくる。話題の中心は彼氏やら合コンのこと。男のことばかり話して飽きないものか、男なんてヤルことしか考えてないただの猿じゃないの。あーあ、あたしは彼氏出来たことないってのに…
「ちょっとトイレ行ってくる」
モヤモヤを吹っ切るように、玲子は早足で教室を飛び出した。
手を流す水のひんやりとした感触が心地いい。玲子は顔を一気に洗いたい衝動に駆られたが、朝1時間もかけたアイメイクが取れてしまうことを考えて踏みとどまった。
ふと、目の前の鏡に映る顔を見つめる。
決して自分は太ってる訳じゃない、標準体重だ(と思っている)。顔も可愛くない訳じゃない(化粧をすれば)。
そういえば香織はすごく華奢よね(私のほうが顔は可愛いけれど)。
ミカもナミもユキエもアイコも…
痩せれば彼氏出来るかなぁ(いや決して欲しい訳じゃないけど)………
教室に戻り、玲子は香織に呟いた。
「あたし女磨くわ」
香織は突然訳分かんない、という顔をしながら、いいんじゃないの、と適当な返事で返してきた。
「あたしこれからご飯いらない」
帰るなりソファの上に荷物を投げ出し、玲子は母親に告げた。
何言ってるの、成長期なのよ、食ベナサイ、ダカラアンタハ…
捲し立てる母親の声を聞くのが面倒で、階段を駆けのぼる。
香織から借りた雑誌には、人間が1kg痩せるには7200Kcal必要と書いてあった。今まで1日2000Kcal摂っていたとして、4日もあれば体重は簡単に落とせる計算だ。
それに毎日ジョギングでもすれば効果倍増じゃない。
バンビのような雑誌のモデルを見つめながら、玲子は今後の変化が楽しみで仕方なかった。
やる気さえあれば人間は簡単に変われる。玲子はほとんど食事を口にしなくなった。
腕や脚はみるみるうちに痩せ細っていく。
香織がいぶかしげな表情をして見つめてくるようになったけれど、気にしないことにした。あたしが綺麗になった理由が知りたいんだろう、教えてやらないんだから。玲子は優越感を隠せなかった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
トイレの鏡に映る自分は前よりずっと綺麗だった。最近増えた肌荒れには目を瞑るとして、華奢な手足は努力の賜物だ。
なのになんで、あたしには彼氏が出来ないんだろう。なんで皆変な目であたしを見るんだろうか。何が違うの…
玲子は意識が遠くなるのを感じた。
目眩がする…
なんでだろ。しばらくご飯抜いたからかな。
でもあたしまだちっとも痩せてない、食べられない。雑誌のモデルさんはもっと細い。ミカもナミもユキエもアイコも。
てか、あたしなんでダイエット始めたんだろ…
思い出せない…思い出せない…
目眩がする………
昼休みの教室、いつもの風景。
きっかけはほんの些細なこと。
それだけで、人生は大きく変わる(悪い意味で)。