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 12月22日 20:17

 布団の上で修悟の携帯電話が唸った。
 <FROM : 瀧本悠輔
  SUB :
  着いた〜!
  どうすればいい?>
 修悟は、急いでコートを着込み、部屋を出てアパートの階段を下りながら返信した。
 <TO : 瀧本悠輔
  SUB : Re:
  駅ビル出た交番があるガード下の
  交差点で待ってて>

 翌日が休日なので、忘年会のような意味合いも込め、悠輔のアルバイトが終わるのを待って二人で修悟の部屋で飲む約束をしていた。
 修悟は、まだ混みあっている商店街を避け、車行き交う通りの狭い歩道を駅へと走った。
 交差点へ着くと、すぐに赤信号の下で手を上げる悠輔を見つけることが出来た。

 部屋に着くと、修悟はいそいそと無造作にコートを脱ぎ、椅子にかけ、悠輔の上着をかけるハンガーを差し出した。
「ありがとう。そういえばこれ、駅ビルで見つけたから買ってきた」
 そう言って、悠輔は二種類のキッシュを差し出した。
「いいじゃん!旨そうだな。たまにはこういうのいいな。折角だから俺も奮発してもっといいモン買ってくりゃよかったかな」
 既に買ってあったものを準備しながら、修悟は言う。
「十分だよ。ワインあけよっか」
 
 修悟はワイングラスという高尚なものをもっていなかったので、こんなので悪いね、と言いながらいつも使っているコップにワインを少し注いだ。
「じゃ、今年もお疲れ様」
「メリークリスマス」
 悠輔は何気なくその言葉を口にした。
「あれっ?クリスマス名目なの?」
 かれこれ一ヶ月も前から、街はクリスマスムードに沸き立っていた。確かに周囲も、今年は楽しいクリスマスを過ごせそうだ、と幸せそうに話すクラスメイト、クリスマスなんてなくなればいいと愚痴をもらすサークルの友達がいたが、修悟はあまり気に掛けておらず、今の今まで、明日はうれしい祝日だとしか思っていなかったので、少しぽかんとしてしまった。
「いいじゃん、なんかワインとかそれっぽいし。はい乾杯!」
「だな、乾杯!」

「でも、なんだかんだであれからは八ヶ月しか経ってないんだな」
 乾杯後の一口を飲み、一息ついて修悟が言う。
「受験で一緒にホテル泊まったじゃん。あのとき、いつかはこうやって一緒に飲みたいなって思ったなーって、悠輔と一緒に飲むたびに思う」
 悠輔と共に酌み交わしている楽しさに乗せられて、ついつい饒舌になっている様な気がして、照れたように一口ワインを飲んで、呼吸を整えた。
「あー、あのコンビニの弁当買ってきたときね」
 悠輔もまた、懐かしそうにワインを口にする。
「俺も思った。でも、あれはあれで楽しかったね」
 思い出話というものは、本当に旨い酒の肴になるものである。
「そういやこれ、食ってみようぜ」
「まぁ、一応クリスマスケーキってことで」
 包みを開けると、野菜のキッシュと、ジャガイモの入ったキッシュがふた切れずつ入っていた。
「あ、なに?本来そういう意図で買って来てくれたの?」
「本物のケーキ食べたら、いくら日付がずれててもなんか微妙な気分になるもんね」
 男の一人暮らしの生活では、滅多にこういうものは買わないので二人とも物珍しそうに食べた。
(微妙な気分って……日付ずれてるけど、ってことは今一応クリスマスのつもりっていうことだよな。ってことは、悠輔は俺とクリスマス過ごしてることになってるけど、わかってんのかな)
 修悟は、胸から湧き上がってくる痒みを再びワインで鎮めたのだった。

「悠輔、飲むと意外とテンション上がるんだな」
 いつもの悠輔が素直ではない、というわけではないが、どこかオープンになっているのを修悟は感じ取っていた。
「そりゃそうだよ!楽しいしさ。つい気も大きくなっちゃうよね」
「ま、そうだな。楽しいとな。俺も酒飲むと結構そうなんだよ」
 普段飲まないワインだが、二人で一本を一時間足らずであけてしまいそうだった。いつもより速いペースで飲んでいたので、二人とも酔いの回りが速かった。
「修悟と一緒だと余計そうなっちゃうよ」
 何気なく悠輔が言ったその一言が、少しだけ修悟の酔いを醒ました。
(ほら、またこうくるんだよな、コイツは)
 悠輔は、他人にとって重要なことをさらりと言ってしまう場合がある。しかし、何故かそのタイミングと雰囲気が最高なのだと修悟は感じていた。こいつ下手すると人ひとりオトせるんじゃないか、とつい思ってしまう。
「……俺も」
 修悟は内心焦りつつも、また少しずつワインを流し込みながら返答を考えるが、なかなか思いつかず結局うやむやにしたのだった。

「明日、休みだしね。休みの前の日に飲むと本当に気持ちいいね、酒も旨いし」
 ワインを飲み終わり、買い置きしてあった缶ビールも数缶空いていた。
「やっべ、悠輔、忘れてた……電車もうさすがにないよな」
 思い出したように修悟が目をやった時計は既に深夜の1時30分を回っていた。
「そうだなー多分、あと4時間くらいだね、次の電車まで。正直、修悟がよければ全然帰る気なかったけど」
「ははは、何言ってんだよ!」
 修悟はおどけて、悠輔を小突いた。すると、それに答えるように悠輔は修悟の腕を掴み、そのまま突っ伏した。
「おいおい、なんだよ……まぁ泊まってくならいいけど……ってそういや布団は一組しかないんだった」
「じゃあ、一緒でいいじゃん」
 依然として腕を掴んだまま放ったその一言は修悟の思考回路を完全に寸断する威力があった。そもそも、普段は真面目でしっかりしているので、こんな流れになるとは修悟はまったく想像していなかった。
「あ、ダメ?」
「い、いや全然構わないけど」
 当然、全然構わないわけはないのに、修悟は即答した。しかし、もうそれ以外の答えが見つからなくなってしまっていた。二人とも相当の酔っ払いであることは確かなので、修悟はそれ以上細かいことを考えるのをやめた。

「悠輔、狭くないか?平気?」
 とりあえず、二人で布団を肩までかけてから横目で修悟は問う。
「隣に人がいるとあったかい」
 不快ではなさそうだが、答えとしてはやや的外れだった。しかしながら、修悟の心の的は完全に捉えたようだ。
(だからホント、勘弁しろって……そういうの)
「なに?」
 突然黙ったのが気になったのか、悠輔は修悟のほうに体ごと向き直って訊いた。
 その姿にさらに焦らされ、修悟はつい目を逸らした。
「だって悠輔すげー酔っ払ってんだもん。面白い」
「俺も面白かったー」
 気持ちよさそうに笑みをこぼす悠輔を見て、修悟もつられて笑う。
 次に訪れた沈黙の中で、修悟は八ヶ月前を思い出した。
「……おやすみ」
 これで、修悟は晴れてあのときの願いすべてを叶えることができたのだった。
「ありがと。おやすみ」
 悠輔が、今日最後の言葉を発したのを確認して、修悟はリモコンの消灯ボタンを押した。
 
作品名:-2 作家名:La:ja