夢の運び人11
寒さは感じない。手のひらにふわふわと降りた白い粒は、手を通り過ぎて地面に降りた。
「クリスマスイヴは初めてか?」
街のきらきらと輝くネオンを見下ろしていた運び人に、どこから現れたのか神様が尋ねる。
夢の運び人は神様をちらりと見て首を縦に振った。
「そうか……」
雪と同じくらい白い顎髭を撫でながら神様は続ける。
「クリスマスイヴの夜は、お主は働かなくてよい。全てはサンタクロース共に任せるのじゃ」
夢の運び人は頷く。
「最も、お主が幸せな夢を運ぶと言うのなら別じゃがの」
運び人が見たときには、もう神様はいなかった。
――私は病室にいる、はずだ。
はずだ、と言ったのは私の目が見えないからで、周りの状況や見舞いに訪れた家族の声で、病室にいると判断しているにすぎない。
半月前の事故で目に薬品が掛かり、激しい痛みと共に世界が見えなくなった。箇所が箇所だけに治療しようにもなかなか手が付けられず、医者が言うには手術をしなければならないそうだ。その手術に相当な体力と気力が必要で、再び目が見えるかどうかは本人次第との事だ。
私の父と母からは手術を受けろと強く説得させられた。私も最初はその気になっていたが、いざ同意書にサインをという時に書くことができなかった。見えないから、とかそんな理由ではない。名前なんて感覚で書ける。ただ恐ろしかった。
そういえば昨日母は、今日はクリスマスイヴだと言っていた。
きっと外は白銀の世界なのだろう、美しいのだろう。病室に閉じ籠った私には感じる事すらできない。そんな美しい世界はもう二度と見れないのだろうか。
母の顔も父の顔も、友達の顔も愛した人の顔も私は二度と見る事はないのだろうか。
胸が熱くなって、頬を何かが伝ったのが分かった。
また見たい。美しい世界を、まだ私の知らない世界を。私に後少しだけ勇気があれば、また見ることができるかもしれない。
すると、暗い世界に白い粒がゆらゆらと降りてきた。無数の白い粒は、私の鼻先を掠めて、暗い世界に吸い込まれていく。
白い粒に私は手を伸ばした。
手の先に冷たい感触。それはさらさらとしていて、懐かしい感じがした。
きっと私は、病室なんかじゃなくて銀色の世界にいるのだ。
見たい。銀色の世界を、私は見たい――
――夢の運び人は、とある病室の窓から外を眺めていた。
一面銀世界で、五歳くらいの男の子が、真っ白の画用紙に絵を描くように足跡を着けている。
「私、手術を受けるわ」
白いベッドに横たわった若い女性が、傍らで林檎を剥いていた中年の女性に言った。
「ついに決心が着いたのね。きっと成功するわ。それにしても急にどうしたの? あんなに嫌がっていたのに」
中年の女性が訊くと、若い女性は包帯の巻かれた目で、夢の運び人がいる方――窓の外を見た。
「昨日、サンタクロースが来たの」
若い女性は静かに言った。